直感で理解する!構造設計の基本


まえがき

 構造設計の入門書や解説書はたくさんありますが、構造力学や建築基準法で定められた計算方法の解説が多く、実際に造る建築物の視点から構造設計を解説した本がありません。
 筆者は1984年より30年以上、組織設計事務所で構造設計に携わってきましたが、その傍らで大学の非常勤講師として「建築構造学」や「設計演習」の講義を行ってきました。その対象は必ずしも理系の学生だけではなく文系の学生も混じるため、できるだけ彼らの直感に訴えることを心がけてきました。
 人間の直感というのは、長年の生活体験で無意識のうちに培われたものです。コンピュータがいくら進歩しているとはいえ、瞬時に判断する人間の直感力に勝るものはないと考えています。交差点を斜めに渡ろうとするのは、それが最短距離だと経験的に学習しているからです。二点間の最短距離は直線であるという幾何学の公理を学校で教わらなくても、みんなわかっていたはずです。
 構造力学の世界においても、自分の直感が正しいということが多々あります。その直感は新たな経験によってさらに磨きがかかり、時には「危険なにおい」を教えてくれるのです。何か新しいことを始めるとき、いきなりディテールに目を向けるのではなく、まず感覚的にとらえることも大事ではないかと考えます。
 一方、建築作品の品質は、プロジェクトメンバー間の信頼関係やコミュニケーションの良否によっても大きく左右されます。だからこそ、意匠設計者や設備設計者、そして施工者間で設計コンセプトを共有する必要があるのです。お互いの立場を理解、尊重しあうことはプロジェクトの円滑な進行には欠かせないものと言えるでしょう。また、建築物を造る中で、分業化が進むあまりお互いの領域に無関心でいては、すぐれた建築は生まれません。もてる知恵を出し合って、協働することによってはじめて良質な社会資産を残すことができると考えます。
 本書は、構造設計者としての経験、新入社員の配属実習、大学の非常勤講師としての講義、設計演習などを通して解説した構造設計にまつわる話題をもとに、設計者としての心得から構造計画、設計、施工にいたるまで、実務でおさえておくべき項目や設計上の盲点(落とし穴)などを、イラストや写真、図表を用いながら平易な文章で解説しました。また、設計チェックリストとしても活用できるように配慮しました。とくに、これから建築構造を学ぼうとする学生や構造設計をやり始めたばかりの実務者を対象に、できるだけ直感に訴えるスタイルで執筆し、いつどこから読んでもらってもよいように構成しています。
 この本を手にとって読んでくださった方が、構造設計っておもしろそうだ、やりがいがありそうだ、と感じてもらえたなら、これほどうれしいことはありません。

山浦晋弘