第二版 環境と共生する建築 25のキーワード


はじめに

 「地球環境破壊」,「自然破壊」と言うけれど,地球はもちろんのこと地球上の生命も,人間の行為によって破壊し尽くせるほど軟弱なものではない.おそらく,太陽がしだいに大きくなって,地球上の水分がなくなってしまう10億年先までは,何らかの形で生命は生き延びるであろう.「環境破壊」は,あくまで「『人間にとっての環境』の破壊」であって,鳥や魚や哺乳類などが巻き添えをくっているという図式である.
  時折,ある種の生物が異常発生し,数が増えすぎたがゆえに大量死するというニュースを耳にする.こうした例を示すまでもなく,生命の誕生以来,環境の変化などによって滅亡した動植物は数億種にのぼる.人間も,自ら破壊した環境のしっぺ返しを受けて,同じように淘汰されるのであろうか.人間が淘汰された後,自然は再び豊かに美しく再生されてゆくだろう.私たちの生きた時代が「歴史」となるとき,後世の人々は,この時代をなんと呼ぶのだろうか.それより,何より,過去を振り返ることのできる知的生物は,地球上に存在しているのだろうか.
  地球の現状を見るとき,しばしば私はこのような悲観的な思いに駆られる.しかし,私は性来はオプティミストで,この事態に至ってもなお,どこかで「そのうち何とかなるだろう」と思っている.いや,「なるだろう」ではなく「するだろう」という方が正しい.生物は,種を存続させるための実に合理的な道具を持ち合わせているものだ.もちろん,その種自体が合理的であるからこそ,存在しているわけである.人間にとっては「知」が最も重要な道具である.危機を招いたのも「知」であるが,人間の英知は,おそらくこれを乗り越えるであろう.
  私たちのフィールドである建築の分野においても,「環境との共生」が重要視されるようになってきた.一般の人々も「健康住宅」や「自然住宅」を求め,新聞や雑誌にもしばしばそれらが特集されている.人工的な快適さや便利さを追求する生き方ではなく,環境と共生することこそが豊かであると実感する人々がしだいに増えてきている.

 本書は,「環境と共生する建築」をトータルに概観することを目的としている.
  第1章は,「環境建築の視点」と題して,建築生産とのかかわりのなかで,地球環境破壊,ヒートアイランド,ダイオキシン,環境ホルモンなどの今日的問題をとらえ,省エネルギーやリサイクルなど,建築活動のあるべき方向性を示している.
  第2章は,「環境建築の手法」と題して,主として建築物の形態と使用する材料を工夫することや,建築物を緑で包むことによって,省エネルギーをはかる手法,及び,シックハウスを防ぐ手法などを示している.
  第3章は,「環境共生の技術」と題して,太陽や風などの自然エネルギーと河川水などの未利用エネルギーの利用,燃料電池やバイオマスなどの新エネルギーの開発など,エネルギー利用に関する技術,及び,雨水の利用と地下浸透,河川の近自然工法とビオトープなど,水に関する技術について述べている.
  本書は,もちろん第1章から通読するほうがよいが,興味のあるところからアトランダムに読めるようにもなっている.索引を用いて,環境建築の辞書代わりに用いていただいてもよい.25のキーワードは,いずれも大きく深いテーマなので,本書を足がかりにしてさらに内容を深めて頂ければと思う.本書が,21世紀 ───「環境の世紀」を担う若い建築技術者の皆さんにとっての捨石となることを願う.

1999年 初秋
大西正宜

第二版 はじめに

 1999年の秋に本書第一版を出版し,すでに5年半が経過した.この間,地球と都市の環境及び社会と建築をとりまく情況は様々に変化した.

 温室効果ガスの排出と地球温暖化への対策は,一進一退の感がある.
  1997年の京都議定書自体,難産の末に生まれた合意であった.最大の排出国であるアメリカ合衆国の離脱など重大な問題を抱えたままではあるが,その合意から7年以上の年月を要してようやく京都議定書は発効した.
  この間,わが国の二酸化炭素の排出量は,京都議定書の定める1990年比6%減どころか逆に8%増となっており,森林吸収,クリーン開発メカニズム,排出量取引を計算に入れても,実質的大幅削減なしには目標は達成できない.しかも,排出量を増大させた原因は,民生部門で33%,運輸部門で20.4%の排出増(2002年/1990年)となったためであり,その削減は容易ではない.政府は,これらの部門を対象とした規制を強めるために,2005年度中に省エネルギー法の改正を予定している.
  強い台風,大雨と洪水,干ばつ,熱波と寒波などの異常気象がこの数年世界的に増加している.この異常気象と地球温暖化との直接的関係は不明である.しかし,20世紀中に平均気温が0.6℃上昇し,両極の氷,アルプス,ヒマラヤ,アラスカなどの氷河,高緯度地方の永久凍土が溶け始め,世界の雪氷面積が減少していることは,地球温暖化を明確に示すものである.現実に進むこれらの現象は一朝一夕に止められるものではなく,長期にわたる努力が不可欠である.

 2000年に制定された「循環型社会形成推進基本法」は,今後のわが国の生産と消費の活動にとって重大な意味をもつものである.この法律は,20世紀の大量生産・大量消費・大量廃棄の社会から,循環を基調とする本来あるべき社会の姿に転換するための後ろ盾となるものである.同年に制定され2002年に完全施行された「建設リサイクル法」も,基本法の精神を建設部門で具体化するためのものであり,建設工事からの廃棄物の発生を抑制し,再使用と再利用を促進することを目的としている.こうした法整備が進む中で,建設廃棄物のリサイクル率は飛躍的に高まっている.建築物の長寿命化をはかることの重要性や,都市そのものを資源ストックと捉える社会システムの構築の必要性も,しだいに広く認められるようになっている.

 新エネルギーの開発と普及については,ここ数年,比較的顕著な変化があった.
  太陽光発電は効率が向上し,設置台数の拡大とともにシステム価格が下がったので,発電コストはこの5〜6年の間に約半分になっている.風力発電は,まだ厳しい環境ではあるが事業として展開できる分野となり,設備容量もこの5〜6年で約十倍になっている.燃料電池は,リン酸型と固体高分子型が実用の域に達し,家庭用燃料電池が市場投入されるまでになった.
  従来より未利用エネルギーとされている河川水などの温度差エネルギーやごみ焼却熱などのリサイクルエネルギーも,その賦存量からすれば「未利用」とも言えるが,しだいに利用が進められており,地域熱供給事業においては重要なエネルギー供給源になっている.また,「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」(1997年施行)の2002年の政令改正により,雪氷熱利用とバイオマス発電などが新エネルギーに位置づけられ,積極的な利用が開始されようとしている.

 環境共生の技術をアクティブに利用するだけではなく,自然エネルギーをパッシブに利用する手法が多くの建築物で取り入れられている.
  2002年3月に竣工した沖縄本島最南端に位置する糸満市新庁舎(図1)は,ルーバーなどによる日射遮蔽と通風によって空調負荷の低減をはかっている.屋上は全面を太陽電池シェルターで覆い,各壁面には日射の方向に配慮して,南面に水平ルーバー,北面にたて形ルーバー,東西面に有孔PC版スクリーンを設けている.南面の傾斜した水平ルーバーの下部は「アマハジ」と呼ばれ,屋内外をつなぐ緩衝空間となっている.また,南面の水平ルーバーには50.3kWの太陽電池が貼り付けられており,屋上の145.3kWと合わせた太陽光発電設備容量は約200kWにもなる.その他,省エネルギーのために,雨水利用による雑用水の節減(約35%),自然換気や昼光の利用などを行っている.

 2003年1月に竣工した汐留地区に建つ松下電工ビル(図2)は,ビル自体が街区の照明器具になるように,全面をガラスカーテンウォールとしているが,その部分からの熱損失を防ぐために,高断熱複層ガラスを用いエアフローダブルスキンを採用している.ダブルスキン内の暖気は,夏季には排気され,冬季には回収して利用する.また,太陽光発電,自然換気,ナイトパージ(夜間冷熱利用),外気冷房,照明・ブラインド・空調の協調制御,人感センサによるエリアコントロール,屋上緑化,空調ドレン水再利用など,環境配慮と省エネルギーの手法を数多く採り入れている.その他,「100年ビル」をキーワードとし,スケルトン・インフィル方式を採用している.
  建築物内の居住者に対する健康への配慮についても法律の整備と建材メーカーなどの対応が進んだ.
  2003年7月に,建築基準法におけるシックハウス対策の規定が完全施行となった.規制対象となる化学物質はクロルピリホスとホルムアルデヒドだけであるが,今後,規制対象の拡大が予定されている.化学物質を含む建築材料の使用制限と換気の義務化によって,シックハウス問題は収束の方向に向かうと思われるが,多数者の問題でなくなるだけで,完全に解決できるわけではないことに留意しておかなければならない.

 第二版は,上述のような情況を踏まえ,全項目について見直しを行い,新しい事実とデータを盛り込んだ.とりわけ建設廃棄物とリサイクル,シックハウス症候群,太陽光発電や風力発電などの新エネルギーに関する項目は大幅な書き換えを行った.こうして生まれ変わった第二版が,第一版に引き続き「環境建築」の学びの基点になることを願う.

2005年 春
大西正宜