技術士第二次試験 合格者たちの勉強法


おわりに─合格してからが本当の勝負

 「これは一体何だ!まさか日本じゃないだろう?」
 平成28(2016)年4月22日。夕食時のテレビに映し出されていたのは、道路と橋を跨いだ巨大な橋の片方が無残にも崩れ落ちた映像だった。
 見た瞬間、どこか外国の映像なのではと思った程だ。しかし、すぐに「本日16時27分頃、神戸市北区道場町平田の新名神高速道路の有馬川橋の工事現場で、長さ約124m、重量約1350 tの鋼鉄製の橋桁の西側が、約15m下の国道176号に落下しました」と言うアナウンサーの声によって、混乱する筆者も状況を把握することができたのだった。
 落下の状況は付近の店舗の監視カメラに映っていて、橋桁が一度上下にゆっくり揺れ、その後、数回弾んで落下している様子だった。この映像はYouTubeでも見ることができるため、ご覧になった人も多いかもしれない。
 現場では50名程の作業員が新設工事の作業をしていたが、そのうち10名が事故に巻き込まれ、うち2名が亡くなったという。2人ともまだ働き盛りの30代だった。こういう事故が起こる度にいたたまれない気持ちになる。
 日本では、産業事故(いわゆる労働災害)が毎年発生していることは、あまり知られていないかもしれない。厚生労働省等が発表している統計データを見る限り、死亡事故は昭和36(1961)年の6712名をピークに年々減少しているものの、直近の平成29(2017)年では978名。1/7まで減ったことは喜ばしいかもしれないが、それでも1年に1000人弱、平均で毎日2.6名の人が亡くなっていることは無視できない。
 これから技術士を目指す人にはぜひ考えて欲しいことがある。朝「いってきます」と言って家を出た家族が、日本のどこかで毎日2.6名亡くなっているという現実を。彼らは二度と「ただいま」と言って帰宅できないのである。
 何も「事故が技術士のせいだ」と言っているのではない。しかし技術士には作業の安全性に配慮する明確な義務と責任があるということを決して忘れてはいけないのである。技術士試験を目指す人なら「技術士法」をご存知だと思う。そこにはこう定められている。


(目的)
第一条 この法律は、技術士等の資格を定め、その業務の適正を図り、もつて科学技術の向上と国民経済の発展に資することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「技術士」とは、第三十二条第一項の登録を受け、技術士の名称を用いて、科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項についての計画、研究、設計、分析、試験、評価又はこれらに関する指導の業務を行う者をいう。
 

 技術士は、「科学技術の向上と国民経済の発展に資することを目的」にして、その「科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項についての計画、研究、設計、分析、試験、評価またはこれらに関する指導の業務」を行う専門家である。これは口頭試験でも質問されるため覚えておいてほしい  事故を減らすということは、「国民経済の発展に資する」ことである。安全技術の向上にもつながるかもしれない。まさに技術士の役目であろう。
 冒頭から試験に直接関係ないことを長々と書いたのには理由がある。これらを理解せず技術士を受験する人が、近年多くなっていることを痛感するからだ。彼らは共通して、試験合格を目的とする故に試験のノウハウだけを知りたがる、あるいは必ず当たる予想問題を知りたがる。「何がなんでも受かりたい!」という気持ちは分かるが、「技術士」という資格がほかの工業系資格とは一線を画すところがあることを理解した上で受験してほしいのである。
 技術士試験の決め手はやはり論文である。知識としていくら公共の安全に言及しても、論文を読めば、その人が真の意味で目的のために努力する気概があるのか明白に分かる。中途半端な気持ちで受けると「アラ」が出るのだ。
 試験対策はあくまでも技術士になるための戦略であり、通過点に過ぎない。むしろ合格してからが〈本当の勝負の始まり〉である。



Where there's a will, there's a way.  ───意志あるところに道は開ける
                    アメリカ第16代大統領 エイブラハム・リンカーン

2019年2月 匠習作