マルシェのつくり方、使い方
運営者・出店者のための教科書



はじめに


 「マルシェをやりたいと思っているんですが、相談に乗って下さい」
 「マルシェを上手にやるコツは何ですか?」
 「地域の農家でマルシェに出てみたいのですが、どうしたらいいですか?」

 嬉しいことに、弊社、株式会社AgriInnovationDesignには、こうしたマルシェに関する相談をいろいろいただくようになりました。一つはマルシェを運営したい企業や自治体から、もう一つはマルシェを活用して事業を成長させたい農業者や事業者の方々からの相談です。こうした方々に向けて、10年間、マルシェを運営するなかで培ってきた「マルシェとは何か」という根本的な部分から、運営面でのノウハウやコツ、また出店者がマルシェをどのように使うとより早く成長へとつながるのか、そうしたものをすべてお伝えするために、本書を執筆しました。

“マルシェ”と聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?
 パリやニューヨークなどの旅先で見かけるお洒落なマルシェでしょうか? それとも、近所の農家さんが集まって開くマルシェでしょうか? マルシェと聞いて思い浮かぶイメージは人それぞれだと思います。
 東京農業大学在学中に八百屋を立ち上げ、会社を起業後は築地の青果仲卸とも仕事をするなど、常に農産物の流通に近い所で仕事をしてきた私が最初にマルシェと出会ったのは2009年。森ビル株式会社が主催する「ヒルズマルシェ」(東京都港区)に関わったことがきっかけでした。あれから10年、今では東京都内でマルシェを4件、北海道でも商業施設内で2件の通年マルシェを運営しています。

つくる側も使う側も、ビジネスとしてもっと有効活用できるはず!
 そもそも?マルシェ?という選択は正しいのか?
 マルシェの相談や依頼などをいただいた際、最初に考えるのがこの疑問です。
 「まちづくりや賑わいづくりのために何かをやりたい→マルシェ」と思われるほど、マルシェがブームになっています。マルシェを運営する1人としてはとても嬉しいことですが、「とりあえずマルシェ」になっているのではないかとも感じます。そのため、2章で解説する「マルシェのつくり方」の前提として、まずマルシェをすることが正解なのかどうかを、つくり手に考えてもらうことが重要だと考えています。
 一方で、マルシェには決まったルールや形があるわけではありませんので、どのようなマルシェを展開するかは開催地の条件や主催者の想いなどによって変わってきます。2章では、都市部でのマルシェを運営するなかで定義した「コミュニケーション型移動小売業」という考え方をもとに、実施する際の準備内容やスケジュール、運営業務のノウハウをお伝えします。
 さらに、マルシェに出店する事業者目線で考えてみると、マルシェに出店する目的は、売上を上げたい、お客さんの反応を見てみたい、まずは売ることを学びたい、出店が楽しいなど、さまざまです。さらに、販売品目も、農産物から加工食品、雑貨、料理まで幅広い。
 3章の「マルシェの使い方」では、「ビジネスであるマルシェ=売場」という考え方を前提とし、出店してみたい事業者へ向けた出店までの準備、出店時の注意点、過去の出店者の動向などをもとに失敗・成功のヒントなどを詳しく解説します。

マルシェなんて意味がない!と思っていた10年前の私へ
 今ではマルシェにどっぷりハマっている私ですが、日本で現在のマルシェが誕生するきっかけとなった農林水産省のマルシェ・ジャポン・プロジェクトの事業目的「農家が都市で気軽に売場を持てれば所得が向上する」(2009年)を聞いた時、「そんなことで農家が儲かるわけがない」と本気で思っていました。その当時は、神奈川県の養豚農家、株式会社みやじ豚の宮治勇輔さんと共に農業支援につながる活動としてNPO法人農家のこせがれネットワークを立ち上げた直後で、マルシェの目的を聞いて「そんな馬鹿な」と思っていたのです。
 実際、2009年にマルシェを始めたばかりの頃は、イベントのような感覚でしたので、東京に住む農家のこせがれに実家の農産物を販売してもらったり、若手農家に出店してもらったりしていました。もちろん、出店したすべての農家の所得が向上したとは言えません。人件費や交通費などそれなりのコストもかかります。その当時はマルシェの価値を見抜けていませんでした。あれから10年が経ち、ずっと出店し続けてくれている農家や、実際にマルシェの出店が自社経営の基盤の一つになっている農家も出てきました。
 私が歩んできたマルシェを運営する日々の中で数えきれないくらいの試行錯誤や、忘れられない失敗や挫折をしてきました。一方、そんな苦労を乗り越えさせてくれた、素敵な出店者や利用客との出会いから、たくさんの気づきをもらいました。
 本書は10年前の私のように、「マルシェって何だろう?」「どう使えばいいのだろう?」「どんな魅力や可能性があるんだろう?」という疑問を持っている人に向けて、私なりの実践に基づいた答えを紹介しています。
 本書が、日本全国で素敵なマルシェが開催され、そんなマルシェが人々の暮らしを豊かにする一助となることを願っています。そして、いつの日かそんな各地のマルシェを行脚することを楽しみにしています。