地元を再発見する!
手書き地図のつくり方

まえがき

地域の魅力や暮らしている人の思い出を、
あらためて掘り起こそう!

 この本を手に取られたあなたは、もしかして、自分の住んでいるエリアの魅力をどう発見したらいいのだろう? どう伝えたらいいのだろう? と頭を悩ませているのではないでしょうか。自分のまちに人を呼びたいけど、これといった観光名所もなければ新しいお店もないし……と後ろ向きになっている方もいるかもしれません。われわれ「手書き地図推進委員会」の元にも「手書き地図には興味があるけど、うちのまちでもこんな面白い切り口やネタが見つかるのでしょうか?」という質問はたくさん寄せられます。

 でも大丈夫です。今まで多くの地域で「手書き地図ワークショップ」を実施してきた経験から断言します! あなたのまちには、そのまちならではの魅力が必ずあります。価値に気がついていない、もしくは伝えられていないだけです。気づけないのは、どんな魅力なのかを「外の人」の視点で見られていないから、聞き出せていないからです。

自分のまちの隠れた魅力を発見する

例えば、海外旅行が好きな方はたくさんいます。自国と異国の日常の「差異」を体験することは、なによりも大きな旅の魅力で、目的になります。「こんな食べ物や習慣があるんだ!」という発見、気候が異なることで生じる暮らしぶりへの驚き、宗教や文化的な風習の違いについての学び……。そして、旅が終わって一番心に残っているのは、どんな名所旧跡よりも、案外そこに住む人との交流や、親切にしてもらった思い出だったりしませんか?

このように、地域の魅力に気づくには「外の人」の視点が欠かせません。われわれがワークショップでいつもお伝えするメッセージの1つに、「あなたの日常は、誰かの非日常」というフレーズがあります。普段自分たちが当たり前にやっていること、触れていることは、ほかのエリアの人にとっては新鮮な出来事であり、誰かに語りたくなる非日常なのです。そして地元の人との交流は、その日、その時限りの特別な思い出となり、それが「また訪れてみたいなぁ」という気持ちにつながります。「外の人」と「地元の人」が力を合わせるワークショップは、お互いがその関係性を面白がるための入り口でもあるのです。

昔から住んでいる地元のお年寄りほどヒーローに

ワークショップは、外の人の視点をうまく取り入れ、地元の魅力を見つけることに役立つ、ということには納得いただけたでしょうか。ではなぜ「手書き地図」なのでしょう。わざわざそんな手段をとる必要はどこにあるのかと、疑問に思われている方もおられるかもしれません。

理由は3つあります。1つは、手書き地図にすることで「魅力を伝えやすい」「面白がってもらいやすい」ということ。視覚的にまちの魅力を伝えられ、背景にあるストーリーが添えられます。ではなぜ手書き地図だとストーリーが伝えやすく面白いものになりやすいのでしょう。最大のポイントに、「偏り(偏愛)」というキーワードがあります。普通の地図は、正確な情報を網羅的にプロットします。一方で、本書で数多く紹介する手書き地図は、同じ地域でも「テーマ」ごとに視点を変えたり、見せたいものを大きく描いたり、参加者が感じた面白さを文章や絵で熱意を加えて書き込んだりします。この偏りが、手書き地図を面白くします。

2つ目は、老若男女問わずに参加者を集められ、“娯楽”として参加してもらえるからです。「まちのために協力してください」ではなく、「手書き地図をつくりませんか?」というと、お子さん連れの方も子どもが楽しめそうだと参加してくれたり、地域に長年住んでいるご年配の方も、「昔のことならよく知っているよ」と参加してくれたりするのです。アウトプットが「手書き地図づくり」と明確で、「まち歩き」にレジャーとしての楽しさがあるからなのでしょう。まちづくり系のイベントを運営している方はわかると思いますが、募集しやすく楽しんで参加してもらえることほどありがたいことはありません。

そして最後の3つ目は、地元住民、特に長く歴史を知っている人がヒーローになり、協力者になってくれることです。地域の魅力をなかなか見つけられないのは、こういった地域資源について語れる人に「語る機会」がないことに要因があるのかもしれません。地域の風習や言い伝え、地元のお店の歴史、昔の出来事……。自分の持っている知識を誰かが必要としてくれるのは嬉しいことです。そして、普段は寡黙な人こそ、地域の外の人が興味を持ってぶつける質問に的確に答えられる人だったりするのです。

外の人だけでなく、まち歩きで訪れた飲食店の方々も重要なキーパーソンです。制作段階では、創業の裏話や隠れた逸品、まちの歴史や伝承などを参加者にいろいろと教えてくれたり、さらに詳しい方を紹介してくれたりすることもあります。完成した手書き地図を手に再訪すると、「あの時の!」と喜んで地図を置いてくれたり、来街者が手書き地図を持参していたら声をかけてくれたりと、もはや「共謀者」になってくれます。つくる過程自体が、地域の魅力を発見し、地域の人を巻き込むきっかけとなるのです。

手書き地図ワークショップが地域参加の面白さを知る機会に

この本では、北海道、山形、宮城、福島、長野、茨城、千葉、東京、神奈川、静岡、岡山と、われわれがお手伝いしてきた市町村での実践とその成果を交えて、ワークショップ開催から手書き地図作成までのノウハウについて、順を追ってご紹介しています。

まず序章で、われわれの行う手書き地図ワークショップとはどんなものなのかをご紹介します。各地でワークショップをするきっかけとなった最初の事例です。手書き地図ワークショップがどんなプログラムで行われるのか、ワークショップまでの準備期間、いわば舞台裏もお見せして、手書き地図ワークショップが熱意あふれる役場の方や住民の皆さん、地元の商店や企業の皆さんに支えられて実現することを知ってもらえればと思います。

第1章では実際のワークショップでのテクニックを解説する前に、少し時間を遡って、われわれを虜にした名人たちの「手書き名地図」を3つご紹介します。この本で掘り起こそうとしている地域への「偏愛」ってなんだ? と疑問に思われている方はこの章を読めば一目瞭然。きっとわれわれのように手書き地図にハマってしまうこと間違いなしです。

序章と第1章で知ってほしいのは、地域の魅力は「世界一の◯◯」とか「日本一の◯◯」のような記録を狙うかのごとく「数値」で証明できるものだけではないということです。

手書き地図をつくるためのワークショップでは、地元の方と、外からやってきたわれわれ手書き地図推進員会メンバー、それにほかの地域からの参加者を混合したチームをつくります。外から参加したメンバーの「それって何ですか?」「え、そんなことがあるのですか!」という反応があると、地元の方も「え、そんなことが面白いの?」「それならこんなこともあるよ!」と興に乗ってきます。その方法は、第2章・座談会から始めようで詳しく紹介しています。

続く第3章は取材に出かけよう、第4章はオンリーワンな地図づくりとして、その手順やコツを多くの実践事例を盛り込みつつ紹介しています。

そして手書き地図が完成した後でも、ワークショップに参加した人たちが協力者となって、関連グッズや地域の銘菓の開発といったまちづくりの仕掛けに発展していった事例も多く出てきています。詳しくは第5章で紹介しますが、まずは気軽に参加できる手書き地図ワークショップをきっかけに自分のまちの魅力を再発見し、地図を作成するという達成感と貢献感を得られた参加者は、地域活動の楽しさに目覚めるようです。

郷土愛はあるけれど、どうやって地域に貢献したらいいのかわからない、一度手を挙げてしまったら責任や負担が大きいのでは、という不安も、手書き地図づくりなら心配無用です。ワークショップを通して「自分にもできそう!」「こんなことをやってみたい!」という等身大のアイデアに気づくことができ、また仲間で力を合わせれば、ひとりだけに負担が掛かったり、アイデアがひとりよがりになったりする心配もありません。そしてワークショップでできた住民同士の顔の見える関係こそが、その後の活動の土台になるのです。

手書き地図によって、どの地域もお互い“異なる”ことを誇り、認め合う文化が当たり前になることに貢献できればと考えています。本書が、自分たちの住む地域の魅力を再発見し、その魅力を外の人に知ってもらうきっかけとなれば幸いです。

2019年6月吉日
手書き地図推進委員会 川村 行治・赤津 直紀・跡部 徹・大内 征