地形で読みとく都市デザイン


はじめに

 まちを歩く時、私は地形を常に意識している。数多く行ってきた、近世以前に繁栄した港町の調査では、地形とともに「井戸」を注意深く確認して歩くようにしてきた。朝鮮通信使の来訪で賑わった兵庫県の港町・室津の時もそうだった。すでに使われていない多くの井戸を発見したのだ。それらの井戸をひとつひとつ確認して歩くと、井戸が掘られた場所の高低差に違いがあることに気づく。高い位置に井戸が掘られているケースは古代以前から続く漁村に限られた。比較的低い位置に掘られた井戸は港町として中世に繁栄した時代のエリアが中心であった。近世になると、港の機能が低地の埋立地に集中するため、良質の水を得にくい環境となり、井戸の数が極めて少なくなる。さらに長い時間をかけて変化する海面の潮位差を加えると、各時代の井戸が水際近くに位置していたことが明らかになった。これは室津の調査で得た知見である。
 長く続けられてきた人々の営み空間を調査する上で、水のあり方、使われ方を探ることは欠かせない要件となる。地形形状と密接に関わって成立する水のあり様をよりクリアに意識できた時、新たな空間の読み方が開ける。それは室津に限ったことではないし、港町だけでのことでもない。本書では、「水」と「地形」をキーワードに、港町はもちろん、内陸側に立地した都城、城下町、宿場町にも視野を広げ、話を展開している。
 地形から日本の都市や集落を読み解き、ひとつの体系としてまとめる時、よく知られた都市を取り上げるだけでは、日本特有の地形に成立してきた都市空間像を描けない。それは、近代(明治以降)において都市人口が平坦な平野部に集中したことから、限定された一部の地形条件の特性に着目したに過ぎないからである。もう少し思考回路を柔軟にして、陸上交通の利便性から外れた場所にも焦点をあてる必要がある。その時、地形の特色から描きだされた都市や街、集落の面白さが体験できるはずだ。本書はそのような思いで書いた。これから、本の中ではあるが、地形と都市の面白さを探るまち歩きにお付き合いいただければ幸いである。