ルールメイキング
ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論



はじめに ─イノベーションとルールメイキング


既存フレームワークの外で起きるイノベーション
 イノベーションのボトルネックは、もはやテクノロジーではなく「法規制」であると言われて久しい。それまでの事業や産業を量的に拡大させるのではなく、質的に転換させるのがイノベーションである。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが強調するように、イノベーションの本質は非連続性にある。それまでのサービスを連続的に改善させるのではない。それまでの前提を変え、常識や価値観さえも覆し、質的に転換してしまうのがイノベーションなのである。その意味でイノベーションは既存フレームワークの外で起きる。
 たとえば、既存の産業構造を180度転換しようとするシェアリングエコノミーは、既存フレームワークの外で起きているイノベーションの典型例であろう。
 これまでは、事業者が消費者にサービスを提供するというのがビジネスの基本構造であった。ホテルと宿泊客、タクシーと乗客、レストランと客、いずれも事業者と消費者は分離し、固定されている。いわゆるB to Cのビジネスモデルであり、我々消費者が受けるすべてのサービスが基本的にこの構造となっている。
 これに対して、シェアリングエコノミーは、B to CをC to Cに大きく転換し、事業者と消費者の壁を壊して流動化させる。従来、サービスの受け手だった消費者がサービスの提供も行う。自宅がホテルに、自家用車がタクシーにというように、使っていない個人の所有物やスキル、金を商品やサービスに転換しようとするものである。
 サービスの構造転換を目指すのがシェアリングエコノミーであり、まさに既存フレームワークから外れたところで起きるイノベーションである。
 そして、ここで言う既存フレームワークとは、既存産業あるいは既存ビジネスモデルにとどまらず、法規制も含む。法規制は既存の産業やビジネスモデルに合わせて設計されている。そのため、既存フレームワークの外で起きるイノベーションは、既存の法規制に適合しない可能性が構造的に高い。つまり、イノベーションは常に法規制との緊張関係に置かれかねないし、イノベーターは常にアウトサイダーになりかねないのである。
 シェアリングエコノミーの例で続ける。従来のB to Cのビジネスモデルでは、B(事業者)側を業法で規制することでC(消費者)の保護を図っている。ホテル事業者は旅館業法に、タクシー事業者は道路運送法に、レストラン事業者は食品衛生法によりそれぞれ規制されている。いずれの法律も、営業を許可制にして参入障壁を設けるとともに、営業許可を取得した事業者に対して遵守すべき事項を詳細に定めている。これが事業者を規制する業法による規制スキームである。
 事業者が消費者に対して情報面、資金面で圧倒的優位な立場にあることから、事業者に重い責任を負わせ、消費者保護を図ることがその趣旨である。つまり、当事者の力関係の非対称性のバランスを法規制でとろうとするのが業法的な考え方である。
 これに対してC to Cのシェアリングエコノミーは、事業者と消費者という対立構造を前提にするものではない。消費者間取引ゆえに業法による規制になじまないし、むしろ業法規制と真っ向から対立する。既存の法規制スキームと適合しないのである。
 一方、シェアリングエコノミーはいわばプロの事業者が提供するサービスを素人間で提供しあうものであり、業法が想定するような、さまざまなリスク要因が懸念されるのは事実である。素人が客を車に乗せて移動させることに安全上のリスクは? 自宅に泊まらせることのリスクは? 食品を提供することのリスクは? そこで、素人間取引を前提とするC to Cモデルのシェアリングエコノミーにおいていかに取引秩序を守っていくかが、各種サービスを成長させていくにあたって大きな課題となる。

事業成長期に立ちはだかるルールの壁
 イノベーションは、既存のルールから外れた領域で生まれやすい。そのような領域は法的にはグレーゾーンだが、イノベーションの源泉である。イノベーションの黎明期は、ルールよりもクリエイティビティ、行動力、情熱が重視されるカオティックな状況であり、ある種の実験場でもある。
 そして、イノベーションが黎明期を経て、事業として成長していく段階になると、ルールの壁が大きく立ちはだかる。事業規模が大きくなるほど法的リスクは高まり、社会へのインパクトが強まるほどさまざまな批判にも晒される。また、事業としてスケールしていくための資金調達、さらには事業パートナーの獲得は、法的な曖昧さが大きな障壁になる。法的にグレーな状態ではスケールが難しい。0→1のイノベーションを1→10の事業として実装し、10→100の産業に成長させていくためには、イノベーションに法規制を対応させるルールメイキングが必須となる。
 しかしながら、ルールメイキングは産業構造やビジネスが変化するスピードに追いつけず、両者の差は広がるばかりである。ルールがイノベーションのボトルネックであると指摘される所以である。その意味で、本来イノベーションはルールメイキングとセットで検討されなければならない関係にあるのである。

ルールメイキングの新しい担い手と方法
 このようにテクノロジーの進化、あるいはライフスタイルやビジネスモデルの変化に対して既存の法律が適合しなくなり、法規制への対応の必要性がさまざまな領域で議論されるようになって久しい。法律を妄信的に守るのではなく、創造的に法解釈を行い、場合によってはルール自体を変えていかなければならない、という類の議論である。ルールメイキングの必要性については、すでに多くの識者が指摘しており、本書ではそのような議論に多くのページを割くつもりはない。
 今、必要なのは実践である。ルールメイキングというマインドセットを持ち、実践を通じて成功体験、あるいは失敗体験を積み重ねていくことである。そして、そのような実践に基づく知見を集約して研究を深め、具体的・体系的な方法論をナレッジ化していくことである。
 そのような観点から、本書はルールメイキングの実践を促すことを目的としている。実行者(Doer)のための本である。そして皆が実行者になることができるし、なる必要がある。当初、本書のタイトルを『ルールメイカーズ』(ルールメイキングを実践する人たち)にすることを検討していた。これは、クリス・アンダーソン著『メイカーズ』(関美和訳、NHK出版、2012年)から着想を得たものである。3Dデータやオープンソース・デザイン等によってものづくりの方法が変わった。ものづくりが工場から大衆に解放され、製造業の担い手が工場を持つ企業からアイデアを持つ者すべてにシフトしていく。小規模だが尖ったプロジェクトの方が感度の高い人々に注目され、画一的な大量生産品の市場とは異なる新たな市場を開拓することになる。いわゆるメイカーズ・ムーブメントである。
 このようなメイカーズ・ムーブメントが提唱するものづくりのオープン化、民主化への流れはルールメイキングにもそのまま当てはまる。
 右肩上がりの高度経済成長期においては官僚主導で政策決定を行うのが効率的であろう。トップダウンで決められた政策やルールに従い、右向け右で一斉に動けばよい。しかしながら、インターネットによって誰もがさまざまな情報に接するようになり、シェアリングエコノミーの例のように産業構造は大きな転換を迎え、複雑さを増し、またかつてないほどのスピードで変化している。これまでのようなトップダウンのやり方ではもはや適切なルールメイキングは困難であり、
必然的にルールメイキングの担い手ややり方を大きく変えていかなければならない。

ロビイング2.0の時代の始まり
 ルールを変えるために必要なのは、ルールメイキングのやり方を変えることである。
 ルールを変えるやり方として、ロビイングが知られている。大きな組織的基盤があり、資金も潤沢な企業や業界がイニシアティブをとり、マスメディアでのプロモーションや政治家とのネットワークを活用しながら、ときに専門のロビイストを雇って強力に政治的働きかけを行う。
 「女神の見えざる手」(2016年、アメリカ)という銃規制法案をめぐるアメリカのロビイストをテーマにした映画があるが、ロビイングはこの映画のイメージに近いであろうか。敏腕ロビイストをめぐって巨額の金が動き、法律すれすれのあらゆるロビー活動が展開される。ロビイストは極限のワーカホリック状況のなかで常に先を読み、相手の裏をかき続けて知略の限りを尽くす。勝つことがすべての熾烈な世界。そのようなロビイストの数はアメリカに3万人以上。ワシントンD.C.のホワイトハウスの北側にある「Kストリート」には、ロビイストの会社が名を連ねる。登録しなければ事業ができない規制業種である。もちろん映画ゆえの過剰な表現はあるであろうが、脚本は元弁護士で、11人のロビイストにインタビューし、ロビー会社の監修を受けてリアリティを追及しているという。
 このようなロビー活動ができる企業は、大きな産業基盤や豊富な資金力があるのが前提となる。しかしながら、既存の産業を破壊し、新しい産業を創出しようとするイノベーターたちは、業界としてまとまっておらず、政治家とのネットワークもなく、資金力もない。要するにルールメイキングに向けたリソースを構造的に持ちえない。未来の産業を創出しようとするイノベーターたちこそ、もっともルールメイキングが必要な立場にあるが、そのためのリソースがないというジレンマに陥ってしまう。それゆえ、このようなジレンマを回避し、イノベーションをスケールするための新しいルールメイキングの方法論が必要とされる。
 既存業界のイニシアティブによる旧来型のロビイングを「ロビイング1.0」とすれば、今必要なのは、イノベーションを社会実装するための公益的でオープンプロセスなルールメイキング、つまり「ロビイング2.0」へのアップデートである。ロビイング2.0は、7章で紹介する「パブリック・ミーツ・イノベーション」(PMI)代表の石山アンジュさんにより提案された考え方である。PMIは、2018年10月に設立されたミレニアル世代を中心とした国家公務員やイノベーター(主にスタートアップ企業)らが協働して、イノベーションに特化した政策の立案を目指す一般社団法人である。
 ルールが変われば産業もアップデートされる。逆に言うと、産業を大きくアップデートする、あるいは新産業を創出するためにはいかなるルールメイキングが必要なのか、という逆算的な視点でロビイング2.0の具体的手法を検討していくべきだろう。

風営法改正からナイトタイムエコノミー政策立案へ
 本書は、このような視点で新しいルールメイキングに対しての問題提起を行い、実践の叩き台にしようとするものである。
 本書では、風営法の改正と、続くナイトタイムエコノミー政策の立案を題材にしているが、それらを各論として論じるものではない。これらを題材にして、総論としてのルールメイキングの方法論について考察することを目的としている。
 私にとって、風営法改正、およびナイトタイムエコノミー政策立案に関わり、その分野で多くの知見を得ることができたことはそれ自体、非常に有益なことである。しかしながら、より有益だと思っているのが、法改正から政策立案までのすべてのプロセスを体験できたということである。政策アジェンダ設定、法改正、法改正後の政策立案等の各ステージで実践したルールメイキング・プロセスからは、異なる分野でも応用可能な方法論のエッセンスが抽出できると感じた。本書では、法改正から政策立案までのプロセスで得た経験を語るだけではなく、汎用可能な形で言語化・概念化し、応用可能なナレッジとして抽象化しようと試みている。
 とはいえ、私は、ロビー活動の経験があったわけでもなく、公共政策学の勉強を専門的にしてきたわけでもない。風営法改正からの一連の動きは、手探りで道なき道を歩く試行錯誤の連続であった。ゆえに体系的な整理や言語化、概念化も不十分であり、我流の部分が多分にある。しかし、レッツダンス署名運動、ダンス文化推進議員連盟、規制改革会議、ナイトタイムエコノミー議員連盟といった活動のすべてに関わり、事業者の方々に負けないくらい真剣に、自分事としてこの問題を考え、体を動かしてきたつもりでいる。本書は、自分自身が体験した一次情報を、これからのルールメイキングに役立つよう、自分なりの視点でまとめた実践のための本である。
 もちろん、風営法改正の経緯、ナイトタイムエコノミー推進に向けたこれまでの動き、今後の展望などについてもできる限り詳しく紹介している。ルールメイキングに関心はないがナイトタイムエコノミーについて知りたいという方にも参考になる最新の情報が多く含まれている。
 ナイトタイムエコノミーに関するこれまでの議論は、観光、都市開発、エンターテインメント、治安維持と極めて多岐にわたる。海外の主要都市は夜間活用に向けて国際的な都市間競争の渦中にある。最先端の情報にアクセスするために、ナイトメイヤー(夜の市長)といった海外の夜間産業のリーダーとのネットワークづくりも進めてきた。
 ナイトタイムエコノミーの取り組みは現在進行形である。さまざまなステークホルダーと協働しながらオープンプロセスでルールメイキングの方法論を実践してきたのが風営法改正、そしてナイトタイムエコノミー政策の立案である。今後もその方法論は変わらない。より一層多様な人々に参加してもらい、一緒にナイトタイムエコノミーを推進していくことを目指している。本書が、ルールメイキングやナイトタイムエコノミーの変革にさらに多くの方々に参画してもらう一つのきっかけになれば幸いである。