まちを再生する公共デザイン
インフラ・景観・地域戦略をつなぐ思考と実践

はじめに

景観デザインの未来

本書の編著者である3名は、土木工学における景観工学を基礎とする景観デザイン分野(景観研究や土木デザイン)を専門としている。景観工学は、視覚を中心とする人間の心理現象に着目して、土木施設を含む操作対象としての景観の問題を工学的に扱おうとするものである。都市や自然の「全体の眺め」に基づき、景観形成に関わる様々な行為を統合的に扱うことで、細分化した学問分野をつなぎ合わせ、インフラ(社会資本)を取り巻く多様な課題の総合的解決を図ることが目指されてきた。その根本には人間中心の考えがある。

近年では、社会の成熟や地域課題の深刻化によって、豊かな公共空間を求める市民のニーズが生まれ、インフラや空間のあり方そのものが問い直される気運が高まっているものの、型にはまった仕様やセクショナリズムの問題が障害となっている。また、これらの解決を図る専門知識と能力を備えた人材の育成も十分には進んでいない。

景観とは様々な要素の関係性の上に浮かび上がるある状態の「見え」である。直接的に操作することができる見えはごく一部分に限られるが、景観を通して把握した、ある状態をかたちづくる様々な要素の関係性を整え、創造的な課題解決を導くことが、景観デザイン分野の専門家の役割として求められている。そこで扱う要素は主にインフラ施設や外部空間ではあるが、関わる対象は地域の経済や社会、文化など様々で広範囲に及ぶ。景観デザイン分野は、地盤、材料、河川、海岸、交通などの特定の対象を扱う土木工学分野と異なり、対象が限定されないために分野の輪郭がわかりづらい。しかし、人間や社会と、その基盤となる環境やインフラなど、対象間の様々な関係性を対象として扱う、その多様性、総合性に特徴がある。

また、景観という概念は、地理学、建築、都市、造園など、様々な分野で議論されている。その中で土木の景観デザイン分野の主な特徴は、その出自と発展の歴史を見れば明らかなように、インフラのデザインと、それを取り扱う公共分野のマネジメントを主題としている点にある。インフラのデザインを扱うならば、施設単体のみならず外部空間、その基盤となる景観、整備事業とその上位計画、さらにそれを位置づける公共政策や総合戦略など、より上位の問題を扱うことが少なからず必要となる。そのため、景観デザイン分野では、インフラのデザインを軸としながらも、それを支えるマネジメントや政策をも含めて、これらを一体で扱うことが目指される。このとき景観は、あらためて、これらの計画・設計行為の結果を総体として捉える鏡、さらには市民目線でみた目指すべき地域のヴィジョンを総合的に評価する重要な指標として位置づけられる。

実際に、本書に掲載されている各地域の事例からもわかるように、現代におけるインフラと公共分野に関わる専門家や計画者(プランナー)には、地域のあり方やヴィジョン、市民目線からみて価値のあるインフラの全体像を、地域のステークホルダーとともに描き出すことに加えて、その実現を支える公共事業や政策のマネジメントを担うことが求められている。このような実践を支える理論的基盤の構築と、先導的事例の創出、専門的人材の育成において、景観デザイン分野に期待される役割は大きい。

このように景観デザイン分野の役割を、公共分野で期待される役割を軸に捉え直すと、地域再生に向けた総合戦略、公共事業の柔軟な推進とマネジメント、地域との協働の場所づくりに向けた空間デザインやプログラムデザインなど、具体的な課題群を連動的に解決するための高度な専門知として、その未来の姿が浮かび上がってくる。実際、このような専門知のあり方は、各地域の切実な課題の解決に向けた外発的なニーズによって、すでに各地域のローカルな現場で発現しつつある。

本書はこのような背景から、地域のヴィジョンを描き出し、インフラのデザインと公共事業を軸に、地域課題の総合的解決に取り組んでいくような、すでに部分的に顕在化しつつある新たな取り組みを「公共デザイン」と名づけ、その枠組みを示すとともに、現在地からみた、その可能性と課題を示すことを試みるものである。議論の中で公共デザインの役割と、それに取り組む具体の専門家像についても語られていくだろう。

公共デザインの対象と方法

社会資本整備や公共空間整備における“デザイン”の導入は、その計画・設計のみならず、企画・構想や運営管理においても求められる。公共施設や公共空間のデザインに加えて、それに関わる地域のヴィジョンや戦略の策定、戦略に基づいた政策推進や事業展開などの、様々なマネジメント方策も、公共デザインの領域に含まれる(図1)。

図1 公共デザインの領域
図1 公共デザインの領域
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空間デザインにおいては、インフラストラクチャーの機能や意匠の設計、周辺環境との一体的な景観デザイン、エリア全体のアーバンデザインなどが取り組むべき課題となる。加えて、道路・広場や水辺などの空間の使われ方や活動・運営等のプログラムデザインも重要な課題となる。

事業計画においては、公共事業の企画・構想や、エリアの包括的なプランの策定、事業スキームづくり、デザイン協議体制づくりなどのデザイン・マネジメントなどが取り組むべき課題となる。その際には、市民との対話によるプランづくりや、多主体の協働を導く検討体制づくりと、そのためのプロセスデザインが重要な課題となる。さらには、民間事業者の資金や経営能力、技術を活用した公民連携が求められる場合もある。

総合戦略においては、地域づくりの基本構想やヴィジョンづくり、政策推進と政策パッケージの立案、条例整備などの制度設計などが取り組むべき課題となる。これらは、将来目標に基づいた目的達成型の地域づくりにおいて不可欠である。また、多様な主体の連携・協働に基づく自立的で総合的な地域づくりにおいても重要な課題となる。

本書の構成

1章は、公共デザインの考え方について、空間デザイン、デザインのマネジメント、政策デザインの各観点から整理し、その輪郭と具体のアプローチを描くことを試みるものである。各節はそれぞれ独立ではなく、相互に重なり合い、補完し合う関係にある。

2章は、土木工学や造園・都市計画分野のデザインに関わる第一線の専門家と、現役の行政機関の実務者からみた、公共分野のデザインの課題と役割について論じるものである。デザイン、マネジメント、政策の、様々な現場での実践に根ざした議論が展開される。

3章は事例編であり、道路や広場、河川などの公共施設のデザインから、公共空間整備の面的展開や災害復興などの実践のなかでの公共デザインの方法が、そのアプローチの多様性や広がりとともに示される。執筆者はいずれも、計画・設計やマネジメントを担った当事者であり、当事者の視点でみたプロジェクトの実像が論じられる。

本書の出版にあたって

本書出版の契機となったのは、景観デザイン分野の若手が企画幹事を務めた土木学会景観・デザイン委員会の20周年記念シンポジウムである。ここにおいて、企画幹事を中心に社会環境が大きな変化に直面するなかでの景観・デザインの役割を問い直し、また多種多様な専門家・実務家との意見交換を通し、都市・地域の再生のためのデザインやまちづくりの可能性を探ることができた。このシンポジウムの企画幹事が編著者としてさらに議論を重ねるとともに、まちづくりの一線で活躍するメンバーによる具体事例の解説を加えることで本書の出版に至った。

公共分野のデザインやマネジメントの方法は、現在もなおダイナミックに進化を続けている。本書においても統一的、固定的な見解に集約することを避け、読者にはアプローチの多様性や可能性の広がりを感じとってもらえるように努めた。世代や職能を問わず、地域づくり、まちづくりに関心を寄せる多くの読者に手にとっていただきたい。本書が、公共デザインの意義や方法への理解を深め、そのさらなる導入と魅力的な都市・地域の再生につながる一助となれば幸いである。

編者識