都市から学んだ10のこと

まちづくりの若き仲間たちへ

はじめに

このところまちづくりやリノベーションといったテーマに関心を抱く若い人たちが増えてきていることを心強く思います。背景には、低成長時代におけるフローからストックへの関心の変化があります。こうした変化はより大きな文化のかたちが変化していることのひとつのあらわれなのでしょうか。また、世の中の役に立っているという実感を得ることが、自分探しの旅の中で重要な位置を占めてきているということもあるのでしょう。あるいは、たんに歴史の手あかがついたもののほうが若い人たちには新鮮で、意味深いものとして感じられるようになってきたのかもしれません。

しかし、まちを相手にするということは、じっさいは何を相手にすればいいのか、なかなか実感が伴わないことも事実です。ソフトにしてもハードにしても、具体のものづくりでは対象があきらかですし、ボランティアにしても、対象が明確なので、相手の顔も浮かびやすく、やりがいも増すというものです。

ところが、まちづくりにはこうした明確な対象が最初からあるわけではありません。状況によってやるべきことも変化し、あらかじめどのような準備が必要なのかもはっきりしていません。まちの変化にはおわりがないので、どこまでやったらやったことになるのかも分かりにくい原因のひとつです。ボランティアにおわることなく、まちづくりをもとにして収入を得ていくための筋道も、あらかじめ見えているわけではありません。いかにテクノロジーが発達した世の中になったとしても、これだけは検索すればどこかに答えが見つかるという性格のものではないのです。

身近な小空間のリノベーションやスモールアーバンスペースの改善などのプロジェクトのなかに、まちづくりの実感を得る人がおおくなってきているのもうなずけるところです。都市と向き合うというよりも、地区やさらに小規模な場所と向き合うという姿勢です。

わたし自身、そのようなことをやってきたこともあって、その気持ちはよくわかります。

しかし、ながらく地域や地元コミュニティと向き合ってきたなかで、そうした活動自体が、大きな都市のダイナミズムのうちに包み込まれるようにして存在しているのだという気持ちになってきました。都市が置かれた歴史的経緯や地形や気候などが生み出す個性、そこではぐくまれた地域性や地域コミュニティの特色が、ひとつの「構想力」として、都市にさまざまな空間変容をもたらし、おおきな潮流となって、わたしたち自身をも導いているのです。

――これが都市と向き合うということの本質ではないでしょうか。

わたし自身、長年、都市を相手に学び続けてきたわけですが、まちづくりの「王道」や「手引き書」といったものはいまだに見えてきてはいません。おそらく、まちづくりには回答がひとつに定まるような「正解」というものはないのです。そうではなくて、まちづくりにアプローチする姿勢にこそ大切な共通点があるということを感じるようになりました。

この本は、わたしが長い間、都市を対象に仕事をしてきて、都市から学んだことを10の要点にまとめてみたものです。振り返ってみると、これはわたし自身がどのように都市と向き合ってきたかの現時点での決算報告のようなものです。こうした作業が、これからのまちづくりのために参考になればという思いが、書き進める原動力となりました。

この本は、教科書ではありません。ましてや回顧録のようなものではまったくありません。

この本は、わたしが都市から学んできたこと、そしてこれからも学んでいくであろうことを通して、読者のみなさんに、都市と向き合うとはどのようなことなのかということについて、ひとつの先例を示そうとしたものです。そのことを通して、みなさんが、都市に、そしてまちづくりに向き合う時の考え方に関して、何らか参考になればと思います。できればいい例でありたいのですが、対象とする都市も、その置かれた状況もさまざまですし、都市と向かい合うこちら側の立場もそれぞれ異なっているでしょうから、必ずしも参考になるかどうか、自信があるわけではありません。

ただ、こうした想いを持って都市と向き合うということは、場所や時間を超えたある種の共通性を持っていると思います。したがって、その点ではなんらかのお役に立つのではないかと思います。

なお、この本では、「まち」や「地域」とは言わずに、おもに「都市」という言葉を使っています。深い意味があるわけではありませんが、「まち」や「地域」というとコミュニティなどのソフトなことも対象に含める場合が多いので、本書で扱うおもに空間を対象としたテーマと区別するために、あえて「都市」という言葉を用いました。したがって、この本で言う「都市」には小集落や都市の一部である地区なども含まれます。

では、しばらく、都市と向き合う旅にお付き合い願いたいと思います。どのような現場で都市からの学びが得られたのかも実感していただけるかもしれません。個人的な経験という限界がありますので、どこまで具体的な事例が一般化できるのかは確かではありません。その点はお許しください。

読者の皆さんと一緒に、まちづくりの旅に出たいと思います。

もうひとつ、都市から学んだ重要なこととして、都市空間の多様な意匠の魅力ということがあります。まちに対する愛着のきっかけとして、自分のまちにあるちょっとしたまちかどや小広場、坂道などの小空間、あるいは水辺の風景やひとびとが集う情景など、魅力的な都市の風景の再発見というものがありえます。もしくは、この大切な風景がなくなるという危機感や、こんな空間が自分のまちにもほしいと願う気持ちがまちづくりにひとつの明確な目標を与えることになります。

こればかりは言葉では表現しづらいので、写真で紹介することにしたいと思います。都市をどう読み取り、その個性と魅力をどのように将来世代に引き継ぐかということを考える際に、カメラでとらえたこれらの情景が、はっきりとした手がかりを与えてくれるのではないかと思います。いわば、写真でとらえることができた都市空間の手がかり集です。都市の空間を三叉路や水景などいくつかの特徴別に紹介しようと思います。

本文でも触れているように、日本に限らず世界のどこの町並みでも、心に響く風景というものはいずれも多様性と調和という相反する価値を同時に実現しているものなのですが、それを写真で示したいと思います。

写真はすべてわたし自身が撮りためてきたものです。一部に古い写真も含まれていますので、現在の状況とは異なっているかもしれません。空間のしつらえの多様な豊かさを示すのが目的ですので、現況と異なっていたとしても、それで写真の価値が減殺されることはないと考え、掲載することにしました。

掲載にあたって撮影した都市と地区や通り名、そして撮影年を付しています。また、通りの写真はなるべく意図的な構図を避け、街路空間の全体像が分かるように、街路の中央から撮ったものを中心に選びました。各章のタイトルと写真のテーマは緩やかに関連してはいますが、必ずしも一対一に対応しているわけではありません。

写真を見比べることで、都市がいかにイマジネーションに満ちたものなのかを感じ取ってもらえるのではないかと思います。魅力的な都市空間に通底している、道と建物と土地の広がりの中に展開される生活の息吹き、そしてその多様さを感じていただければと思います。