都市から学んだ10のこと

まちづくりの若き仲間たちへ

おわりに

これまでわたしは数多くの本を書いたり、編集してきたりしましたが、「まちづくりの若い仲間たちへ」といった具体的な読者を心に描いてものを書いたのは初めてです。どうしてそのようなことを行うに至ったのか――直接のきっかけは2018年3月の東大での最終講義にあります。その講義において、わたしは自分が都市から学んだことを次の世代に伝えたい、と考えました。自分のことを語るのは苦手なのですが、そう思ったのです。

研究生活をはじめた最初のころ、ほかの多くの研究者の卵と同様、わたしも自分のやっていることに自信がもてませんでした。自分にとって大切だと思えることがじっさい世の中にとってほんとうに大切なことなのかどうか、半信半疑でした。経験が少ない若者の考えですので、自信が持てないのもやむを得なかったと、今では思えます。

それがさまざまな都市に赴き、まちづくりのリーダーたちの話をうかがい、都市空間と格闘していく中で、いつしか疑心は確信に変わっていったのです。振り返ってみると、都市そのものがいろいろなことをわたしに教えてくれたのだと思います。

それらの基本姿勢を次の世代に引き渡すことは、わたしたちの世代の責務だと考えるようになりました。それがこの本を生む原動力となったのです。こんどはわたしがさらに若い世代の仲間に、都市から学んだことを受け渡したいと思います。

本書にも述べたように、わたしの学びがどれだけの普遍性を持つのかはおおいに疑問の残るところです。ただ、個別事例から普遍に至ることができる、というのはわたしが都市から学んだことのひとつですので、そのことを実践してみたいと思います。

この本をわたしは目の前の相手に語るように書きました。したがって表現がやや冗長になっているかもしれません。語り継ぐことを実践したいという想いからこうした表現の形式をとったのものです。これもわたしの新しい試みのひとつです。

さらにもうひとつ、本書で初めて試みたことに、数多くの写真を、それもほぼ全編カラーで掲載するということがあります。「はじめに」でも述べたように、都市空間の魅力は文字では語りつくせないものです。一枚の写真が何よりも雄弁にその魅力を語ってくれるからです。

そこで、学芸出版社の前田裕資さんに無理を言って、写真を文字と同じくらいの分量で、並列するように掲載してもらうことができました。写真はいずれも私自身が撮影したもので、どれも想い出深いものばかりです。現場を歩くということが、なによりもまず重要だということを、これらの写真が物語ってくれています。

このように魅力的な空間を、この国においても都市生活者たちは造り出してきたのです。それは比喩的に表現するならば、都市がみずからの「構想力」によって紡ぎだしてきた都市空間なのだとも言えます。わたしたち自身も、都市に生活する者として、都市の「構想力」によってつき動かされて来たと言えるのかもしれません。日本の都市もまだまだ捨てたものではないと思いませんか。

わたし自身がどのように都市と向き合っていけばいいのか模索している若い研究者だったころから30年以上の時が経過し、わたしを導いてくれた先達たちの多くはすでに鬼籍に入っています。本書でも登場ねがった小樽の峯山冨美さんをはじめとして、函館の田尻聡子さん、角館の高橋雄七さん、喜多方の先代の佐藤弥右衛門さん、足助の田口金八さん、琴平の位野木峯夫さん、柳川の広松伝さん、竹富島の上勢戸芳徳さんなど、いま思い返すだけでも声が聞こえてきそうな人たちです。このほか、朝日新聞の石川忠臣さん、環境文化研究所の宮丸吉衛さん、朝日新聞から千葉大に行かれた木原啓吉先生、京都大学の西山夘三先生、東京大学の稲垣栄三先生、恩師の大谷幸夫先生、そして横浜市から東大に移って同僚だった北澤猛先生、九州芸術工科大学の宮本雅明先生など、十指に余る方々のお名前が浮かびます。

残念なことにこの物故者リストの中に、2018年9月、学芸出版社の京極迪宏さんが加わってしまいました。京極さんにこの本のゲラをお見せすることができないのは、本当に残念です。この小書をこれらの方々に捧げることをお許し願いたいと思います。

本書が、まちづくりを目指す若い仲間たちに受け入れられることを切に望みながら、筆を措きたいと思います。

2019年2月 西村幸夫