地域産業のイノベーションシステム
集積と連携が生む都市の経済


はじめに

 いつの時代においても、物理学、化学、生物学、経済学や国土計画・都市計画に限らず、どの学問分野・計画においても、部分(ミクロ)と全体(マクロ)の関係性は重要なテーマとなる。地域(リージョン)は、同一の言語(日本においては)・貨幣・教育・法制度で保護・規制・管理された国(ナショナル)の一部である。
 地域問題は、地域の視点(虫の目)からだけでなく、国の視点(鳥の目)の両方から検討する必要がある。部分の問題は、部分の視点からだけでは解決できない。インバウンドで地域を創生しようとしても、CIQ、ビザ(査証)、空港の運用時間、空港整備、国際便の増便、ロシアと中国の航空機の離着陸規制、空港へのアクセス、出国税、民泊などは、国の許認可事項・政策課題である。
 本書の特色の1つは、地域におけるイノベーションとクリエーションの課題を、ナショナルな視点にからめつつ検討した点にある。

 新しい付加価値創出の基礎は、イノベーションとクリエーションにある。「変化への対応と変化の創造」と言い換えてもよい。日本の1人当たりGDP(PPP換算)は、2017年にIMF(国際通貨基金)の推計で世界30位にまで下落した。新しい付加価値創出は、地方の課題であると同時に東京の、そして日本の課題でもある。
 地域は今、前方と後方の両面での対応が求められている。後方戦略は、人口減少、少子化、高齢化にともなう地域システムのリ・デザインである。人口減少時代においても地域内で多様なサービス業を維持するには、高度・傾斜度が高く、拠点都市から遠く、積雪量が多く、人口が極端に低密度な地域から撤退し、都市や街の中心に機能を集中させ、人口密度を高めるための都市や地域のコンパクト化、そのための公共施設の集約化や用途転換は避けられない。
 しかし、後方戦略だけでは、無居住地区や低密度居住地区は拡大し続け、いずれは地域そのものが消滅する。子供を欲しい人たちが子供を産み、その子供たちに多様かつ高度な教育を受けさせ、次世代の人材として育て、国内外から優秀な人材を誘致するには、クリエイティブかつ高い所得を実現するための前方戦略が不可欠である。
 前方戦略とは、農業・林業・水産業、伝統産業および新しい地域産業による付加価値の創出である。高い付加価値の実現には、新しい技術の導入や開発、伝統技術への回帰、国際展示会や国際品評会への参加・出品、海外市場の開拓、外国人観光客や外国人労働力の誘致、デザイナーやクリエイターとの連携による地場産品のブランド化やプレミアム化、異質な市場の発見を必要とする。
 これまで多くの地方は、公共事業、農業保護、工場誘致、地方交付税といったナショナルシステムによって支えられてきた。それらの効果もあり、日本における1人当たり県民所得の地域間格差は、1960年代以降劇的に縮小し、日本は世界的にみても地域間格差の小さな国となった。
 しかし、費用対効果の低い公共事業を実施できる時代は終了した。日本国内におけるダム、高速道路、新幹線、空港・港湾の整備はほぼ概成した。農業保護もTPPなどの自由貿易協定の締結によって、その効果は徐々に低下していく。国の財政状況からみて、地方交付税を増加させていくことは難しくなる。
 1960年代以降、1人当たり県民所得のジニ係数や変動係数は劇的に低下した。にもかかわらず、地方にはなぜ閉塞感が渦巻いているのであろうか。なぜ有効求人倍率が2.0を超える県からも人口は流出し続けているのであろうか。それは、チャンス、夢、自己実現、自己決定、働き方、クリエイティブ、感動、共感といった数字化しにくい地域間格差が温存されたままだからである。
 短期間で成果のみえる地産地消、B級グルメ、ゆるキャラ、イベント、6次産業化、ふるさと納税、プレミアム商品券、インバウンド、地域おこし協力隊、大学都心立地規制とは異なり、地域の持続的発展のために重要かつ困難で、時間を要するテーマは、地域におけるイノベーションとクリエーションである。しかし、地方には大企業のマザー工場、技術力の高い地場企業、世界大学ランキングに入る地方大学、美しい自然や景観が存在しており、決して不可能な挑戦ではない。

 この重要なテーマをどのようにして1冊の著書にまとめ、どこの出版社から世に問うべきなのか、5年近く考えてきた。理論的なイノベーション研究や特定の企業や製品のイノベーション分析ではなく、地方の人たちのマインドセットを可能とするような論理とケースを含んだ著書を出版したいと考えてきた。
 古い建物のリノベーション、コンバージョンや新しい公共空間の創出は、クリエイティブな活動である。生活者、クリエイターにとって魅力的な空間への再編は、クリエイティブなビジネスを創出するための「装置」、あるいは「舞台」として機能する。地域イノベーションは、土地、建物、街、という建築、土木、都市計画の課題に行き着く。本書のもう1つの特色は、「新結合」を求めて、建築、土木、都市計画、街づくりの分野に強い学芸出版社から出版した点にある。
 イノベーションやクリエーションは、もはや大学、中央研究所、大企業、博士、大学教授、芸術家、クリエイターやデザイナーの独占物ではない。自分自身がイノベーターやクリエイターである必要もない。人材、知識、技術、情報、アイデアは、世界各地からネットやクラウドを活用して入手できる。
 クリステンセンは、「天才でなくとも革新的アイデアは得られる」と述べている。ただし、『イノベーションのDNA』(翔泳社)のなかで、日本を名指しして、「個人よりも社会を、実力よりも年功を重視する国で育った人が、柔軟な発想で現状を打破してイノベーションを生み出す」ことは少ないとも指摘している。地方におけるイノベーションとクリエーションの阻害要因は、地理的・制度的障壁ではない。同質性、同調圧力、変化への恐れ、失敗の忌避にある。

 本書で紹介しているように、新しい試みに楽しみつつチャレンジする動きは、全国各地で始まっている。そのための制度や環境条件もようやく整ってきた。編者が長年興味を抱いてきたケースについて、執筆陣に無理をお願いして短期間で執筆していただくことができた。執筆をご快諾いただいた執筆陣のみなさんにお礼を申し上げたい。最後に、学芸出版社の得意分野とは言えない、本書の出版をご快諾いただいた編集者の井口夏実氏にも心から感謝の意を表したい。

 なお、編者の執筆した1章と3章は、「化学系企業における医療機器、医薬品事業部門の立地についての研究(科学研究費:16K03204)」を使用している。

執筆陣を代表して
山崎 朗