ソーシャルアート
障害のある人とアートで社会を変える


はじめに ─社会を変えるアートの実践


 一人一人の可能性に光をあてること。関わりあうなかで生まれる楽しさ、存在の不思議さ、生きることの重みを伝えること。そして、私たちを取り囲む常識や一方的な見方を変えていくこと。
 ここに集まった25の現場からの報告は、アート、福祉、仕事、関わり、場のあり方を表現と身体を通して考え、自分のなかにある境界を越え、周囲の世界をも変えていく実践のドキュメントである。どの活動も最初から明確に目指す姿があったわけではなく、伝えたい、この状況を変えたい、なんとかしたい、という切実なニーズや希望から始まり、人を巻き込み、つながり、また実践していくという試行の繰り返しから生まれている。
 「障害者アート」という時、結果としての作品が注目されることが多い。しかし、本書で紹介するように、障害のある人とアートの活動に取り組んでいる人の多くは、豊かに生きること、幸福であることへの願いや、それを実現できる環境や社会はどうあるべきかという問いと、アートの活動を決して切り離してはいない。「障害」という窓を通して、既成の概念を疑い、社会を変えていく、アートの実践が、本書における「ソーシャルアート」である。
 本書には多様な担い手が登場する。障害のある当事者、社会福祉施設の施設長、NPOの代表、アーティスト、アートプロデューサー、音楽家、ダンサー、演出家、研究者。彼らは、一つの肩書きにとどまらず何役もの役割を担っている。そして分野も、福祉、アート、音楽、ダンス、演劇、デザイン、ソーシャルビジネスと多岐にわたりかつ横断している。今、障害のある人のアート活動はジャンルを越えて、社会のなかでさまざまな役割を果たしている。
 本書で紹介する実践には、いくつかの核心が基調としてある。
 第一に、障害のある人と共に、福祉の概念を編み直す実践である。根底にあるのは、それぞれの現場や地域で、目の前にいる障害のある人や家族、支援者、ボランティア、アーティストらとの関わりのなかで、自分たちの概念や表現が絶えず更新されていくことを(時には格闘しつつも)楽しむ姿勢である。それは、アートという技術を通して、人が生きることの原点に立ち返ることでもあり、社会全体の価値観や意識を問い直すことでもある。
 第二に、現場で発見したヒント、または現場にあるさまざまな課題を個人的な関心や自分たちの世界にとどめずに、表現や発信することを通して「社会化」することを目指している。共通するのは、障害は個人に属するものではなく、その人が社会に出ていく時に感じる障壁であり、人と人、人と社会の間にあるという感覚であり、変わらなければならないのは、既存の制度や社会の側であるという意識である。
 第三に、それぞれの専門性、領域を越えて異なる文化や慣習を持つ人と果敢に対話し、学び直し、活動を変化させていくことを厭わない。アートであっても、福祉であっても、その専門性を棚にあげて、自分の言葉、自分の表現、自分の行動で関わっていく。ケアする人/ケアされる人、アートをつくる人/鑑賞する人、障害/健常などの二分法、境界を越える挑戦でもある。
 第四に、何より現場にいる人たちの存在や思いがエネルギーとなって活動を後押しする力となっている。そこに必要としている人がいるからこそ、当事者、そしてその必要性に気づいた市民が起点となり、活動が始まる。そして、信頼をベースとしたつながり、コミュニティが生まれ、活動が継続している。
 そして第五に、多くの活動が現在進行形で、活動の途上にある。社会に向きあう活動も、アートの実践も、関わる人や社会の変化のなかでかたちを変えていくだろう。
 本書は、それぞれの活動の実践のノウハウや一つの方向性を示すことを目的とはしていない。常に新しい表現を求め、葛藤しながらも前に進む表現者。表現すること、存在することが歓待され、多様な人に開かれた地域の居場所。価値観を揺さぶられる主体的な鑑賞の方法。「モノ、カネ、制度」ではなく、「人、生活、いのち」から発想する新しい仕事や働き方。こうした実践者たちの考えや経験知を自らの活動のきっかけにしてもらいたいと考え、編んだ本である。
 改めて思う。「福祉」も「障害」も、その社会的なイメージを変えなければならない。その既存の概念も偏見も、領域も越えていかなければならない。そのために、アートの「想像する力」と「創造する力」を活かしていきたい。本書にあるような一つ一つの小さな実践が積み重ねられ、今はまだない道を切り拓く。そのことが新しく道を拓いていく人のヒントになればと思う。

一般財団法人たんぽぽの家 森下静香