つながるカフェ
コミュニティの〈場〉をつくる方法

はじめに
 今から20年前、神戸の新長田に住んでいた時のこと。
 行きつけのバーで一人で飲んでいると、お店のマスターが「山納君やったら、話合うんちゃう」ぐらいの軽いノリで、居合わせたおじさんを僕に紹介しました。そのおじさんは、漢詩の話題をおもむろに僕にぶつけてきました。
 僕が「高校の時には、白楽天の『長恨歌』を覚えてました」と返すと、そのおじさんは、得がたい友を見つけたという感じで、その後漢詩トークをどんどん繰り出して来られました。
 初めのうちは面白いかな、と相槌を打って話を聞いていたのですが、だんだんと面倒になってきて、話が途切れたタイミングで、僕はそのおじさんの前で本を読みはじめました。
 するとおじさんは、「会(かい)すれど見(まみ)えず、ちゅうやつやな」と、さびしそうに独りごちました。さすがに悪いことをしたなと思いましたが、その後、そのおじさんとは話をしませんでした。
 今にして思うと、大人気ない振舞いだったと思います。また、マスターの紹介もだいぶ雑だったなと。そしておじさんが言った通り、おじさんと僕とは、会話を交わしたけれど、本当に出会ったわけではなかったな、とも。
 僕は2000年に、「扇町Talkin’About(トーキン・アバウト)」というトークサロン企画を始めました。
 これは、あるテーマについて、興味ある人が集まり、集まった人たち自身が語り合う“しゃべり場”です。大阪・キタの扇町界隈の飲食店・バー・カフェなどを会場に、演劇・映画・現代美術・音楽・文学・ポエトリー・お笑い・漫画・ 哲学といったさまざまなジャンルのテーマで集まりを開いていました。
 2001年には、「Common Bar SINGLES(コモンバー・シングルズ)」という日替わりマスター制のバーを始めました。「扇町Talkin’About」の会場にもなっていた「Bar SINGLES」の閉店後、その場所を維持するために、40人のマスターを集めて立ち上げたものです。
 2004年には、大阪キタ・中崎町の一角で、「common cafe(コモンカフェ)」を始めました。ここも日替わり店主によるお店で、カフェとしての営業をベースに、演劇公演、音楽ライブ、映像上映会、展覧会、トークイベント、朗読会、セミナー、ワークショップといった多彩なイベントを、日々開催しています。
 人と人とが出会い、刺激を受け、そこから何かが生まれる。そんな場所への憧れから、僕はこれらの取り組みを続けてきました。
 一方で、僕は今も、人との出会いをいくらか億劫に感じています。そう、矛盾しているのです。だからこそ、それでも人がつながるとはどういうことだろう、どうすればそういう場をつくれるのだろう、僕にとって“場づくり?とは、そういうアンビバレントな問いとしてありました。
 前著『カフェという場のつくり方』では、個人でカフェを始めて、続けていくために知っておいた方がいいと思うことをまとめ、最終章で「カフェが担う公共性」について触れました。
 今回は、その最終章を広げ、本一冊分にしました。この本では、カフェを“場”として成立させるための方法論について掘り下げています。
 ここでお伝えしたいのは、コミュニティカフェのつくり方や、カフェイベントの企画の仕方ではありません。
 そうではなく、場が力を持つとはどういうことか、行かずにはいられない場とは、人が成長する場とはどういうものか、公的なミッションで場をつくるとはどういうことか、場における創発はどうすれば起きるのか、といった問いについての、自分なりの考えをお伝えしたいと思っています。
 どうぞ最後までお付き合いください。