コミュニティパワー エネルギーで地域を豊かにする



あなたがこの本を読み終えて最初にするべきこと


「起点」をつくる
 この本を読んで「自分も始めたい」「自分たちにもできるのではないか」と思っていただけたと思います。そうしたら次にすることは、何でも構いませんから、今すぐに自分でできると思うことを書き出してみてください。
 ・仲間に声をかける
 ・学習会を開く
 ・近くのご当地エネルギーを訪ねる
 ・ご当地エネルギーの事業計画をつくってみる
 ・ISEPに相談する などなど
 そして、少なくともそのうちの一つを行動に移してみてください。そこがあなたの「起点」になります。「頭のなかで思うこと」と「実際に行動すること」には大きな隔たりがあります。初めて自転車に乗れるようになったときや泳げるようになったときのことを思い出せば、「思い浮かべること」と「現実に行うこと」との違いの大きさがわかると思います。
 まずは「起点」をつくることで、実現に向けた「次の一歩」「次の一手」が必ず見えてくるはずです。

ドイツに学ぶべき「原発・エネルギーと社会との関係」
 皆さんが「第一歩」を踏みだすことには、とても大きな意味があります。
 「ドイツでは脱原発に20年かかったのだから、日本ならもう少し時間がかかる」という話を聞いたことがあるかもしれません。もちろん、日本がドイツの辿った歴史をそのまま辿ることはありませんから、その意味では必ずしも正しいとは言えません。この話で重要なのは、20年という時間の長さではありません。その背景にある、ドイツにおける原発・エネルギーと社会との関係のあり方こそが重要だと私たちは考えています。
 ドイツでも、1970年代からチェルノブイリ原発事故のころまでは、今の日本と同じように、原発と社会は真っ向から対立していました。当時は、デモや反対運動で原発や核燃料輸送を止める、法廷闘争に持ち込むなどの光景が、ドイツ国内でもよく見られました。
 その一方で、1980年代あたりから地域から大きな変化が現れました。地域でエネルギーを生みだす取り組みが生まれ始めたのです。それを受けて、1990年に初期の固定価格買取制度がドイツで始まったことは、今の日本の状況に似ています。
 こうした地域におけるエネルギーの実践が、ドイツの原発・エネルギーと社会との関係のあり方を大きく変えていきました。それまでの二項対立的な考え方や関係性から脱却し、多様な人たちが協力しあいながら建設的に新しいものを生みだしていくことへと変化していったのです。このような変化は、専門的には「エコロジー的近代化」と呼ばれています。
 3・11福島第一原発事故に直面した日本でも、脱原発デモが熱く燃えた後に、こうした建設的につくりあげていく運動へと変わっていくことを期待しています。この動きは、ドイツから学べるとても大切な教えだと思います。

日本を覆う閉塞感と「静かな革命」
 周りを見渡すと、閉塞感を感じざるをえません。安倍晋三・自民党政権の原発政策は、福島第一原発事故の教訓に学ぶどころかそれを踏みにじり、あまりに不合理かつデタラメな論理で、3・11前に先祖返りする原発回帰が目の前で強行されようとしています。こうした不条理がまかり通る安倍政権下では、多くの分野で「無理が通れば道理が引っ込む」ことが広がり、それに対する無力感が閉塞感をいっそう高めます。
 ところが他方で、3・11以降、日本のあちらこちらでかすかながらも深い次元での変化を感じることができます。東京の広告代理店や投資ファンドのような派手な職業に虚しさを感じて、中山間地に移り住み、農作業の傍らオーガニックカフェを開業する若者や女性、シニアがどこの地域でも確かに増えているのです。3・11に直面したことが、自らの哲学やライフスタイルを根底から見直す契機になったのでしょう。
 これは日本社会が「静かな革命」を起こし始めた兆候ではないでしょうか。この静かな革命において、地域のエネルギー自立は、最も重要で、しかも最も確実に経済面や雇用面の効果を生みだすことができる、大きな柱の一つであることは間違いありません。

みんな最初は不安だった
 そうは言っても、皆さんもいざ行動を起こすとなると不安でいっぱいだと思います。無理もありません。新しいことを始めるときは、深く暗い霧のなかを手探りで進むようなものですから。
 たとえば、市民風車のパイオニアである「北海道グリーンファンド」の鈴木亨さん。鈴木さんと出会ってかれこれ20年になりますが、彼が安定した給与がもらえる生活クラブ北海道の職を捨てて、たった一人で北海道グリーンファンドを立ち上げたころ、札幌市内の古ぼけた貸しビルの一室にポツンといた姿は、今も強烈に焼き付いています。
 「おひさま進歩エネルギー」を立ち上げた原亮弘さんとの思い出もあります。飯田市役所の依頼でISEPが企画した事業が採択され、環境省から補助金が支給されることも決まり、あとは飯田市内でこの地域エネルギー事業を担える信頼できる方を探しだすのみという段階でなかなか適任者が見つからず、困り果てたことがありました。あわや空中分解しかけたところで原さんと出会い、代表をお引き受けいただいた経緯があります。
 鈴木さんも原さんも、自分に経験のない未知のことに挑戦するのですから、やはり不安そうでしたが、それでいて二人とも和やかで自信に満ちた表情をされていました。なぜなら、二人にはそれぞれ信頼できる仲間がいたからです。
 皆さんの場合、今やその仲間は、日本中、世界中に広がっています。そして、もちろん地域のなかにも仲間がいますから、心配はありません。

地域の「真珠」を目指して
 最も大切なのは「やりぬく覚悟」です。諦めるまでは失敗ではありませんから、いったん始めたら、諦めずに「やりぬく覚悟」を持つことが大切です。
 スタートは身の丈で構いません。仲間の協力を得て、最初のプロジェクトを完成させたときの喜びはひとしおです。一つ成功させると、一回り大きく成長できます。そして、新しい協力者が現れ、周りの人たちから信頼されることにつながります。こうして、成功も失敗も苦労もトラブルもすべてひっくるめて、かけがえのない経験と知識が得られるのです。
 ちょうと真珠が最初の「核」から一層一層の真珠層が重ねられていくように、こうした小さな成功を一層一層積み重ねていくことで、皆さんのご当地エネルギーは、地域で光り輝く立派な「真珠」に育っていくことでしょう。
 私たちISEPは、そのための協力やサポートを惜しみません。いつでもご相談ください。皆さんが「地域の真珠」になるお手伝いに、どこでも馳せ参じます。

飯田哲也