家族野菜を未来につなぐ
レストラン「粟」がめざすもの

はじめに


 本書を手に取られたほとんどの方がタイトルをご覧になられて「家族野菜って!?」と思われたのではないでしょうか。それもそのはず、家族野菜とは私たちが考える大和伝統野菜の本質を表す造語なのです。大和伝統野菜とは奈良県で戦前から受け継がれてきた在来品種のこと。早くから伝統野菜のブランド化に取り組みその先鞭をつけている京野菜と異なり、大和伝統野菜のそのほとんどが、最近まで農家の方々が自ら栽培し自ら食する自給作物として受け継がれてきました。
 約20年前に新婚旅行先のアメリカでネイティブアメリカンの文化に触れたことがきっかけで私たち夫婦は奈良県の伝統品種を求める旅を始めることになったのです。そして初めて目にするのに懐かしく色彩豊かで個性的な姿と風味、そして物語をもつ大和伝統野菜に夢中になりました。
 広く知られることもなく継承されてきた伝統野菜を探訪する日々、そこで出会えた農家の方々に教えをいただくなか、「なぜこの野菜をつくり続けてこられたのですか」という私たちの質問に対して、農家さんから異口同音に語られる「お金にはならないけれども子供たちが好きだから」「手間暇かかるけど家族が楽しみにしているから」という言葉とその表情にいつしか魅せられてしまうことに。
 その言葉から食べ物を育て、生きていく上で大切なことを教わり、大和の野菜は家族の喜ぶ顔を思い浮かべて育てられる家族野菜であることを知ることとなりました。
 本書を執筆した最大の理由は、その家族野菜のエッセンスと可能性をお伝えしたいと思ったこと、そしてその機が熟したと感じたからです。
 第1章では、私たち夫婦がなぜ伝統野菜に魅せられてレストランを始めたのかというプロセスを。第2章では伝統野菜を訪ねる旅の中で教わったそれぞれの野菜の物語を。そして第3章では家族野菜が暮らし、食卓、地域を豊かにする可能性についてまとめてみました。巻末には大和伝統野菜を育てたいひとのために、種が入手できる店を紹介しています。
 本書が、豊かになった日本の中で知らぬ間に置き忘れられたもの、あたりまえで大切なものをお伝えするささやかな種火になるように願って。

2013年6月27日 20回目の結婚記念日に 三浦雅之