田舎の宝を掘り起こせ
農村起業成功の10か条

まえがき


 私は、日本の田舎の資源は、宝だと思っている。この思いは、農村に暮らす人なら、誰しもに通じるものだと思う。また、都会に暮らす人だって、少なからずそう思っている人もいるのではないかと思う。また私は、この日本の田舎の宝の資源が上手に活用されたなら、10兆円ぐらいの国内産業が創出されるだろうと思っている。なぜなら、それぐらいの宝の資源の蓄積があるからだ。世界の中で第2位の森林率を誇る森林資源。40万ヘクタールにもなる耕作放棄地。地球10周分に匹敵する農業用水路。四季折々の美しい農村の自然景観。農村地域の暮らしの中で育まれた豊かな食文化等々。みな、すばらしい宝の資源だ。ただ、残念なことに、これらの資源が有効に活用されていない。もしも、これらの農村の資源に価値が与えられ、新しい商品となり有効に活用されたならば、私は、10兆円ぐらいの地域産業が創出されると思っている。私が考える農村資源を活用した10兆円産業とその内訳は、以下である。
 「六次産業化」による農業(3兆円)
 農村での観光交流(2兆円)
 森林資源の林業、建築、不動産等への活用(2兆円)
 農村にある自然エネルギー(2兆円)
 ソフト産業と農村資源活用の連携:情報、教育、健康、福祉、IT、メディア(1兆円)
 この5分野が、日本の農村の資源特性から考えて、有望な産業分野と考えている。
 私が代表を務めるNPO法人えがおつなげてでも、山梨県の限界集落地域に拠点を構え、地域にある農村資源の活用の取り組みを行ってきた。高齢化率63%、耕作放棄率63%という過疎高齢化による農地の荒廃が深刻な地域での取り組みだ。限界集落となってしまったとはいえ、地域の資源の宝はたくさんある。これを活用していこうとする取り組みだ。
 我々の活動の一例を紹介する。20年以上耕作が放棄されてしまった荒れた棚田を、三菱地所グループと連携しながら開墾し、酒米の栽培を開始した。そしてその酒米で、山梨の酒蔵で、純米酒を仕込んだ。仕込んだその日本酒の名前は「純米酒丸の内」。三菱地所グループの拠点、東京丸の内で販売される日本酒として開発されたのだ。今年仕込んだ純米酒丸の内2012年版は、3800本。2012年3月に販売開始したが、約1か月でほぼ完売となった。販売された場所は、東京丸の内の酒販店、飲食店、レストランなど。この純米酒丸の内は、商標登録の取得も完了し、今後は東京丸の内の地酒として、定着していくことを目標としている。また、この取り組みによって荒れてしまった棚田が復活してきた。その昔、田毎の月が美しかった頃の棚田風景が復活してきたのだ。これが、耕作放棄地を活用した農業の六次産業の一例である。
 次に、農村起業家の先輩でもあり、本章で紹介する45人の農村起業家のコンサルタント役として支援いただいた小野隆氏の取り組みを紹介する。彼は、もともとは、桃、ぶどう、サクランボなどを栽培する山梨県の果樹農家であった。そんな彼は、常日頃から農業を行う中で、多くの規格外の果樹が流通できずに捨てられていることに心を痛めていた。また、地域に耕作放棄地が広がりつつあることにも心を痛めていた。そんな中で、自身の農業事業体の他に、NPO法人を立ち上げ、規格外の果樹を、ジャム、ジュース、ピューレなどに食品加工し、次々と商品化していった。さらに、耕作放棄地の活用として、ブルーベリーなどの観光園を運営し、地域の農村観光事業をスタートさせた。今では、地域の六次産業の柱として、地域の農業者、自治体、商工会、企業などと連携しながら、次々と事業を展開している。
 田舎に宝は、まだまだたくさんある。もしも、このような田舎の宝が、新しい産業につながり、10兆円産業規模にまで発展していけば、私は、100万人ぐらいの雇用創出にもつながるだろうと思っている。貴重な資源は有効活用されるわけだし、それによって、新しい雇用が生まれるわけだし、いいことだらけではないか、と思う。
 では、なぜそれが果たせなったのか。進められなかったのか。進められなかった理由は何にあるのか。進めるうえでの問題はどこにあったのか。
 それは、私は人材の不足だと思っている。それを進められる担い手が不足していたからだと思っている。日本の農村は、少子高齢化で担い手不足だとよく言われる。やはり、それがまず大きな背景だろう。しかし、減少したとはいえ、地域に農業者などの担い手もいるはずである。ではなぜ彼らが、田舎の宝を掘り起こす担い手と成りえなかったのだろうか。私は、田舎の宝、すなわち農村資源を掘り起こすには、働き手としての役割だけでなく、起業家としての役割の担い手が必要だからだと思っている。農村にある資源を活かして起業をしていく“農村起業家”が不足していたからだと思う。また、農村では今まで、このような視点で起業を行う教育などもあまりなされてこなかったのだと思う。
 田舎の資源の宝は豊富にあるのだから、今後は、農村における起業家としての担い手の役割が大いに期待されるところだ。農村起業家の活躍によって、農村の資源が活用され、それによって新たな雇用の機会につながるからだ。
 私もこの視点で、今まで、農村起業家を育てる活動を行ってきた。私の地元の山梨のみならず、日本全国の農村地域や、東京などの都市で研修会を開催し、農村起業のやり方などを伝えてきた。地域の農村資源に価値づけを行い、商品化し、ターゲットとするマーケットに販売するビジネスモデルの作りかたなどである。おそらく今まで研修を受けられた方は、500人以上になっていると思う。また、その研修を受けられた方々が、各地で実際に起業をしている。さらに、その中には、地域でたいへんな活躍をされている方も現れている。私自身、とてもうれしい限りだ。
 今回、本書で紹介する方々は、各地で実際に農村起業をスタートさせた農村起業家のみなさんだ。2011年から2012年にかけて行われた、内閣府「地域社会雇用創造事業」の中で、私を代表とするNPO法人えがおつなげてが、「えがお大学院」という起業家支援事業を立ち上げ、その中で起業を達成されたみなさんだ。本書は、その農村起業のドキュメントである。農村起業家たちが、計画段階から起業していくまでのストーリーである。また、それと同時に本書は、この2年間の起業支援の中で生まれた、農村起業のノウハウ集でもある。
 農村起業に関心のある方、また実際に何かこの分野で起業をしてみたいと思っている方、また農村起業家を育成、支援したいと思っている自治体などの方々、さらに、田舎の資源の宝に心惹かれるみなさんに、ぜひ、お手に取っていただきたい。参考となる何かが見つかると思う。
2012年9月  曽根原久司