過疎地域の戦略
新たな地域社会づくりの仕組みと技術

はじめに

 いつの間にか、過疎地域は国内のフロントランナーになっている。これは言うまでもなく、人口減少や高齢化というこれまでに経験したことのない変化がわが国に到来し、その動向を過疎地域が先取りしているためである。このため、人口減少や高齢化に適応した過疎地域における地域社会の仕組みづくりは、今後のわが国に有用な経験をもたらす可能性が期待される。一方で、「村おさめ」という用語もあるように、主に財政支出の観点から村を積極的にたたんでしまおうという声があるのも事実である。

 可能性としての過疎地域と重荷としての過疎地域。どちらも、それ相応の真実があることを否定はしない。ただし、これは過疎地域に固有の話ではない。どの地域も双方の側面をもちあわせていることを見逃してはいけない。過疎地域の対極にある都市をみれば、経済や国際交流に関するさらなる可能性と、災害やテロなどの有事に対する脆弱性という重荷が同居している。

 未曾有の大災害であった東日本大震災は、多様な地域社会の相互扶助体として国があることを今一度確認する機会でもあった。特に、エネルギー・食料供給という生存にとって不可欠な資源の維持・供給は、過疎地域を含めた地方が担っていることを、われわれ国民は再認識した。重荷の側面はそれはそれで解決されなければならないが、それぞれの地域社会が有する可能性を開くことが、長い目でみれば、その地域社会に暮らす住民のみならず、広く、将来にわたって、豊かで安心できる暮らしをもたらすことを改めて皆が気付いたと思いたい。  それでは、地域の特性にあった地域社会の仕組みづくりは順調に進んでいるのであろうか。「山村振興法」や「過疎対策法」が登場して40年以上が経過している。その間、様々な地域で試行錯誤の経験が蓄積されているのは事実である。

 しかし、個々の過疎地域が何らかの問題に直面した際に、どのような方向性で課題解決が図れるかについて共通的な理解が形成されたかと言えば、そのような状況にはないのが現実であろう。人口減少や高齢化が本格的に到来している今、言葉どおりの意味での試行錯誤はそろそろ終わりにし、地域社会の仕組みづくりを体系的に展開する土台がなければ、これらの変化の激流に飲み込まれ、翻弄されるであろう。

 本書は、このような問題意識に基づいて鳥取大学に発足し、主に市町村との密接な連携のもとで様々なフィールド実践的な研究を実施してきた研究チームによるものである。そこでは、過疎地域自立促進特別措置法の要件を満たす自治体のみならず、過疎地域と同様の課題に直面する自治体とも協力して研究を進めてきた。本書では、これらの研究成果のうち、新たな地域社会の仕組みづくりの研究を取り上げ、地方自治体の職員や、将来に職員もしくはその人々をサポートする職を目指す大学生、NPOなどの地域の運営に携わる人々をはじめとして広く一般にも分かるよう成果を取りまとめたものである。その際、過疎問題の経緯や実態分析などについてはすでに多くの書籍で紹介されているため、ここでは割愛した。

 本書の特色の一つは、研究チームのメンバーが様々な地域社会づくりの現場に当事者の一人として参画し、自治体や地域住民などとの模索を経て生まれたフィールド実践に基づいている点である。具体的には、「生の課題」を等身大に受け止め、それをどのような検討課題に見立てるのかを設定した上で、これまでの仕組みの改善というよりは新たな仕組みづくりを志向し、それを検証するアプローチによっている。その過程では、「知を実践に適用」しながら「実践から知を得る」という二つの営みを同時に推進しており、これらが本書で取り上げる一つ一つの成果に結実している。

 二つ目は、特定の分野に焦点を当てるのではなく、福祉、交通、経済、防災、観光、保健など多様な分野を取り扱っていることにある。これは、本書が分野横断的な研究チームによって執筆されているためという消極的な理由からではなく、過疎地域の可能性を開き、持続的な地域に資するアイデアを整理してみると、どの分野にも共通の戦略があるという積極的な理由による。異なる分野の課題であってもそれらが人口減少、高齢化、過疎化という共通した源に端を発している以上、本質的にはどの分野でも同様の戦略が有効であることを我々は学んだのである。これらの戦略こそが、地方自治体が自らの地域社会の仕組みをつくるうえでの有効な方向性になるであろう。

 しかしながらもちろん、われわれのすべての成果が本書で紹介できているわけではない。また、研究そのものも途上にある。不十分な点があることは承知している。しかし、今後、本書で提案した持続的な地域社会づくりのための戦略や個々の取り組みの有効性をさらに確固なものとするような研究や地域活動、それを淘汰するだけの革新的な戦略が出現することは望むところである。その延長として、過疎地域における科学的な地域社会づくりの学術の蓄積と、それによる地域社会づくりの実践を両輪として前進するプロセスの一端として、本書が貢献できれば幸いである。

2012年10月 プロジェクトを代表して 谷本圭志