市民のための景観まちづくりガイド


おわりに

 この頃、「私は宣教師のような活動をしている気がする」と冗談半分で口にすることがあります。今まで生活空間の景観に、あまり興味を持っていなかった方が、まるで目を覚ますように、私の話に興味を持って下さるからです。今まであたり前であるとか、自分ではどうしようもないと思っていた部分が、自分でもなんとかできる部分であると気付くと、急にその問題点が気になりだされるようなのです。
 大企業のデザイン関連部署を退職した時に、本当に自分が生涯かけて取り組みたいテーマを探して、行き着いた答えは「公共空間デザイン」でした。やがて「景観」という言葉がそこに重なり、市民権を得た言葉として法律もできました。
 これまで多くの自治体で「景観」のアドバイザーとして、設計者や事業者に景観デザインの観点をお伝えしてきました。また、一般市民の方々へは景観まちづくりセミナーなどで、お話してきました。でも、この分野は私たち専門家が気付いていても、何も変わっていきません。そして、様々な活動の紹介も、私が直接話すだけでは、その広がりが限られているのです。こうして本で、少しでも多くの方にこの景観まちづくりの楽しさや、醍醐味をお伝えして、その気付きにつながればと思いました。
 私たちが行っている自治体の景観アドバイスは、その仕事の多くがあまり世間では評価されずにいるように思います。赤色の外壁のマンション計画が、景観アドバイスを受けた事業者が見直してくれたためにベージュになり、その建物が過剰に目立ちすぎる状況が避けられたとしても、市民が見る時にはもうベージュになっているのですから、そのアドバイス効果による変化を把握することはできないのです。
 以前、千里ニュータウンの中に、チェーン店を展開する紳士服店が進出してきた時のことでした。豊中市のアドバイザー会議に申請された大きな置き看板が、地域にはふさわしくない規模だとして、その変更を要望したのですが、全く受け入れてはくれませんでした。ところが、実際に現場に置き看板が設置された時、豊中の市役所に、地域から苦情の声が上がったのです。「どうしてこんな地域で必要のない大きな広告物が出てくるのか」といったものでした。それが事業者に伝えられ、その看板は撤去されることになりました。アドバイザーや市よりも、実際の買い手が一番のターゲットですから、他の声は聞かなくても、地域の市民の声は十分聞いてくれるのでしょう。思わず声をあげてくれた市民に、感謝する瞬間でした。
 景観まちづくりはまず、行動です。小さいけれど、大きな視野の変化につながる一歩の行動が、また次の行動の一歩になっていくのです。こうして発言し、行動する市民が増えていくことを願って、この20年余り景観アドバイザーの仕事を進めてきました。
 また、2005年の博士論文「地域景観行政の現状分析と住民主導型景観プロデュースの提案〜全国47都道府県及び192市町村アンケート調査と滋賀県長浜市及び長野県小布施町フィールド調査をベースにして」を九州産業大学大学院芸術研究科池亀拓夫教授のご指導のもととりまとめたことが、大きな力になっています。
 この間、都市環境デザイン会議をはじめ、全国町並み保存連盟、公共の色彩を考える会、そして学会活動など、志を同じくする仲間に多く恵まれたことをうれしく思います。こういったつながりの中、5章のための取材に応じて下さった皆様ありがとうございました。
 今後さらに、多くの人々と共感しながら「景観まちづくり」の担い手を育てるしくみを、生み出していきたいと思っています。
 これまで、景観アドバイザーとしてのノウハウを一冊の本にまとめることを考えてきましたが、それを口にする度に励まして下さった諸先輩方に感謝するとともに、本書の出版を承諾して下さった学芸出版社の京極社長と、出版に共鳴し、細かくサポートして下さった編集部の岩崎氏に、深く感謝いたします。
 ありがとうございました。

2012年8月
景観アドバイザー 藤本 英子