改訂版 都市防災学
地震対策の理論と実践

まえがき ── 改訂版の出版にあたって

 本書は、初版でも述べたごとく、都市防災の研究を志す者への入門的な教科書であり、また、日々都市の防災に苦闘している実務家の方々への指針の書であるが、同時に、都市防災を「論」から「学」にしたいという、筆者らの多少の挑戦の気持ちを秘めて上梓されたものである。
 本書の初版が刊行されて4年後、東日本大震災が発生した。本書は教科書として基本的な事柄を網羅しており、それによって内容の大幅な改訂を必要とするというものではないが、それでも初版では紙数の都合で省いたり、簡単にしか触れなかったことで大きな問題となったことがあったため、最小限の改訂は不可欠と判断され、ここに改訂版を出す次第となった。
 都市防災学とは、読んで字のごとく都市で起こる災害、すなわち「都市災害」を防ぐための方策に関する学問体系である。都市災害とは、かつては自然災害と区別するものとして、都市大火や危険物の爆発など、むしろ人工的な誘因により都市内で起こる大災害の総称とされていた。しかし近年は、その誘因が人工的か自然力によるかを問わず、結果としての被害の形態が、都市という居住形態の特殊性のゆえに、通常の災害被害とはまったく異なった様相を呈するとき、これを都市災害と呼ぶようになった。当然ながら、そこには多様な誘因による多様な被害の形が含まれるが、問題はその災害被害が、都市の社会・経済的構造と深くかかわっているため、被害を完全に防ぐことは不可能で、できるだけ少なくする減災努力が対策の主力を占めることになり、通常の工学的防災技術とは異なった、むしろ社会工学的な社会管理技術を中心とした学問体系が必要となることである。
 本書を上梓しようとしたそもそもの動機は、共編著者である塚越功君と私が共同して慶應大学で都市防災研究室を運営し、学生の指導に当たってきて、「都市防災」という分野を総合的に解説した適当な教科書がないことを、二人で常々不便に思っていたことに発する。それは都市防災が、まだ「学」としての学問分野として確立していない証左であったと言えるかもしれない。少なくとも過去「都市防災学」と銘打った書籍をわれわれは知らない。もちろんそういう名称の学会もない。似たような名前の図書がないわけではないが、それはわれわれがイメージしているものとはやや趣を異にしている。つまりわれわれは、ここで提案しているような領域についての「学」を確立したいと望んだのである。
 「学」の教科書としては、研究の対象とする範囲や言葉の定義が明確に行われていなければならないだろう。そして、この分野の初学者のために、都市防災研究と対策の歴史が展望されるべきである。さらに、研究の方法論が紹介されていなければならない。これだけの内容をわれわれ二人だけで執筆するのはさすがに荷が重いため、すでに新進の防災研究者として活躍している教え子達の協力を仰ぐことにした。その結果、彼らの執筆による最新の理論のお陰で、教科書とはいえ啓蒙的内容となっている。
 本書は、9つの章で構成されている。まず断っておかなければならないことは、本書は地震防災に限定していることである。都市災害の起こる頻度から言えば、気象災害が圧倒的に多い。それを扱っていないのは、単にわれわれの専門外だからで、本書を『都市防災学―地震対策の理論と実践』と限定したのはそのためである。続編としての気象災害編が期待されるところである。9つの章のうち、都市災害の定義と都市防災学の領域を示した第1章と、国際協力に関する第9章を除き、他の7つの章はそれぞれ都市防災学の主要な領域に対応しており、おおむね、計画的な予防対策、発災時の応急対応、その後の復旧・復興の順番に並んでいる。各章はほぼ独立しているので、読者は順不同に興味のある章を読んでいただいて構わない。各章の解説は重要なポイントを網羅しているが、細かい点までは尽くされていない。それを補完するため各章末に詳細な参考文献を挙げている。したがって、読者は、本書で大きな枠組みを把握し、詳細については参考文献に当たっていただきたい。
 本書がはたして「都市防災学」の教科書と呼び得るものになったかどうかは、大方の評価を待つ以外にない。もとより、本書のみでこの分野をすべて網羅したと自負する気もない。本書が「都市防災学」の確立へ向けての一里塚となることを願うのみである。

2012年3月
東京工業大学都市地震工学センターにて

梶 秀樹