日本一のローカル線をつくる
たま駅長に学ぶ公共交通再生

まえがき


 三毛猫のたま駅長の華々しい活躍で、日本のみならず、世界的に有名となった和歌山電鐵ですが、その再生の背景には、沿線住民の皆さんの献身的なご協力と行政の皆さんの熱いサポートに加え、幹部や社員の皆さんのひたむきな努力があったのです。それらの総合力で、奇跡的ともいわれる再生が和歌山電鐵貴志川線で展開されています。

 和歌山電鐵の再生では、「小嶋さん、ちっとも自分の利益にならず、リスクばかりの地方鉄道の再生を何のために努力しているの?」とよく聞かれます。もちろん、私も専務も無報酬。業績が向上すれば補助金が減るだけで、会社の経常利益はゼロ以下ですし、経営リスクばかりで何も儲けにつながらない「補助金」のスキームの下では、そんな疑問が当たり前かもしれません。

 和歌山電鐵の開業日に、お年を召したご婦人お二人が私の姿を見つけて、「あなたが和歌山電鐵の社長さんですか? 電車を残してくれてありがとうございます」と手を合わされて、返す言葉で「でも逃げないでね!」と茶目っ気たっぷりに笑われたのです。開業当初は、地元の皆さんも本当に再建できると思われていなかったのでしょう。

 それまでは、死屍累々の地方鉄道の再生は無理かもしれないという諦めが監督官庁や業界を支配していたなか、一縷の望みをかけた両備グループの再生ノウハウと地域力で、思わぬ道が開けてきたのです。

 そして、マスコミから「燃える高速バス」とキャッチフレーズをつけられ、荒れに荒れた中国バスの再生では、「労使関係が悪すぎて、きっと火傷を負いますよ」と、内情を知っている方々が止めてくれました。なぜそんな火中の栗のような凄い会社の再建を引き受けたのか、ぜひ真相を読んでいただきたいと思います。

 実は、行きすぎた規制緩和で崩れ去り始めた地域公共交通を、ミクロ的な延命政策では、もう救うことができなくなっているのです。日本の公共交通に対する法律まで変え、財源を確保しなければ助からないというマクロの事実を読みとっていただきたいのです。

 両備グループとして私が携わってきた交通運輸事業の再生は、旅客船事業2社、新設1社、鉄道事業1社、バス事業1社、物流事業5社、タクシー事業5社と多岐にわたり、規制緩和後の交通運輸事業の衰亡の現実に立ち向かい、再生してきた現場から、多くの規制緩和の功罪を体験してきました。

 現場に立脚した政策やコンサルティング・学術論が少ない業界で、今回は規制緩和後の公共交通の経営環境の変化と課題を、再生の実例をもって論じていきたいと思います。

 本書は、その地域公共交通の再生をドキュメンタリーでお伝えしたいと思います。それが、元気なまちづくりのために、地域の誇りとそれを支える地域公共交通を救う一助となれば幸いです。