地域主権時代の新しい公共
希望を拓くNPOと自治・協働改革

はじめに

 「世の中の矛盾で涙を流す人が一人でも少なくなるような社会をつくること。」
 これが物心ついた頃からの筆者の夢である。保育園へ先生や友達と一緒に歩いて通う道程。交差点で信号が青になるのを待っていた時、先生がある方角を指差して教えてくれた。「私たちはこんなに平和で幸せに暮らしているけど、あっちの遠くの海の向こうの国では、たくさんの人たちが戦争で死んでいっているのよ」と。幼少の時のこと、他のことはほとんど何も覚えていないが、その先生の言葉と光景だけは耳と目にはっきりと焼きついている。これが自らの夢の原点となり、夢を実現するために取り組み続けるNPO・ボランティア活動や研究活動などの源泉となっている。
 大学時代に留学生支援のボランティア活動をし、自らの夢を追いやすい職業としてシンクタンク(株式会社大和銀総合研究所)に就職した。研究者として働きながら、NPO・ボランティア活動をする二束のわらじ生活は、就職してすぐに始めた。1990年代初頭、地域づくり活動や市民公益活動・NPO活動の基盤整備を図る取組みに出会った。95年、阪神・淡路大震災でのNPOの情報化支援活動をきっかけに「市民活動情報センター」を仲間たちと立ち上げ、2002年、脱サラしてNPO法人市民活動情報センターの専従となった。そして、「市民主権・地域主権」の確立などに取組み、夢を追い続けている。
 本書は、筆者自身がこれまで20数年間に関わった様々な活動等を中心にして、夢の実現への一つの節目としてまとめたものである。第1章では、1980年代後半からの「NPO政策史」として、市民が切り拓いてきたNPO政策の源流を振り返るとともに、「新しい公共」として台頭するNPOの今後のあり方を展望した。第2章では、NPO等と行政の「協働政策」を問い直し、真の協働のあり方を検討するとともに、協働の行き詰まりの克服策として筆者が提唱する「協働契約(書)」を紹介した。第3章では、各地で導入が進む行政主導の新たな地域自治組織やコミュニティ合併の政策を問い直し、真の住民自治のあり方を探った。そして、第4章では、意志決定権の所在という根源的な観点などから、自治と協働に必要な「市民主権・地域主権」確立の方向を踏まえて、国の「新しい公共」関連政策を問い直し、次代を創生する真の「新しい公共」のあり方を提言した。実は、本書の原稿を一旦書き上げた後、2011年3月11日に東日本大震災が起こり、しばらく原稿をそのままにしていた。大震災では、「新しい公共」のあり方が正に問われるものとなったことから、第5章として、その学びをまとめることにした。
 本書の出版に当たっては、学芸出版社の岩崎健一郎氏に大変お世話になった。大学の恩師である清成忠男先生(法政大学学事顧問・元総長)には夢への歩みの節目節目でご指導を頂いてきた。本書執筆のきっかけを頂いた芦田英機氏(有限会社豊中駅前まちづくり会社取締役・元豊中市助役)には、まちづくりの師匠として数々の事を学んだ。NPO・ボランティア活動や研究活動などでご支援を頂いた多くの先輩諸氏、共に励ましあって活動に取り組んだ仲間たち、そして、これまでに出会ったたくさんの社会の人たちから多くのことを学んだ。皆様には深くお礼を申し上げたい。本書が、深刻な社会・経済問題を克服し、「痛み」を抱える人たちが一人でも少ない社会を創って行くために、少しでも役立てば幸いである。

2011年8月

今瀬政司