緑の分権改革
あるものを生かす地域力創造

はじめに


 私が初代の総務省地域力創造審議官を拝命したのは、平成20年7月の福田内閣の増田寛也総務大臣の時で、大臣からの特命事項として「定住自立圏構想」の制度化に取り組ませていただきました。その過程で、NPO法人地球緑化センターが実施している「緑のふるさと協力隊」など、これまでのさまざまな制度を参考にするとともに、それらの不十分な点を補うことができるような「地域おこし協力隊」という新しい制度を創設することができました。このことにより、若者の地方移住を抜本的に後押しする画期的な政策を打ち出すことができました。もちろん、定住自立圏そのものについても平成20年末までに制度化をし、その後、平成23年3月末までに、69市が中心市宣言をし、54圏域が定住自立圏を形成、40の中心市と200の周辺市町村が定住自立圏形成協定を締結するに至っています。
 平成20年9月には、福田内閣の総辞職により麻生新内閣が成立し、鳩山邦夫総務大臣にお仕えし、大臣の年来の主張であった「自然との共生」をテーマに政策立案をしましたが、そのときに大臣からの紹介で知り合ったのが国際日本文化研究センターの安田喜憲教授でした。その後、安田先生とは「森里海連環」の研究や菅原文太さんの「水源を守る一滴塾」運動などでご一緒することになり、私たちの推進する「緑の分権改革」「木島平農村文明塾」などでも貴重なご指導、ご助言をいただいています。
 その後、平成21年9月には、衆議院における小選挙区比例代表並立制導入後初めての本格的な政権交代があり、鳩山内閣が成立し、原口一博総務大臣にお仕えすることになりました。リーマンショック後の経済対策の一環として編成された前政権時代の平成21年度第1次補正予算は、大幅な見直しが行われることになり、その中で、民主党のマニフェストに盛り込まれていた再生可能エネルギー電気の全量固定価格買取制度の導入を含めた「緑の分権改革」という新しい政策が進められることになりました。私たちも最初はこのネーミングに戸惑ったのですが、大臣の指示でいろいろな方のお話しを伺っているうちに「なるほど」と得心するようになりました。そして、地方が本当に元気になるためには、政治行政上の分権改革だけでなく、経済・社会システムの分権改革にも取り組まなければならないということを理解しました。また、このことは従来からわが国でいわれてきた「内発的発展論」にもつながるものであり、また「自然との共生」や「森里海連環」とも共通する考え方を含んでいることにも気がつきました。
 しかし、私は、この政策の内容を地方自治体や一般の方々にわかりやすく説明するためには、総務省が公式に作成・公表している資料や「緑の分権改革推進会議」における議論を紹介するだけでは不十分なことにずっと頭を悩ませてきました。新しい政策であり、その具体的内容が必ずしも前もって明確に示されているわけではなく、走りながら全体像を構築している面があること、予算も逐次計上されていきその成果も徐々にしか現れてこないこと、概念自体が大きな広がりと可能性を持っており人によって理解の仕方も一様ではないこと、などの事情から仕方のない面もあるのですが、今後のわが国の行く末や地域社会のあり方を規定する大変素晴らしい政策であるだけに、自分としても何とかわかりやすくこの政策を説明する方法はないものかと考え、努力し続けてきました。この間、地域力創造をテーマにした講演などでは、自分なりの考えも含めて個人的な資料を作成してお話しをしてきました。そして、そうすることによって聴衆からはかなりの手応えを感じられるようになってきました。
 平成22年7月には、2年間勤めた地域力創造審議官のポストに別れを告げて、自治財政局長という極めて重い職をいただくことになり、地域力創造に関する講演活動も休日にしかできないことになりました。しかし、2年間にわたって私が地域の皆さんとともに取り組んできたこと、そして、その中から培ってきたものをこのまま眠らせてしまうのはもったいない、特に、「緑の分権改革」については未だ政策の方向性を確立する道半ばのものであり、多くの方々に私の理解するこの改革の中身をお知らせし、地域の皆さんにもこれからの具体的な政策の中身を考えていただきたいとの思いが募りました。そしてそれが総務省の初代地域力創造審議官を拝命し、また、原口総務大臣から最初に「緑の分権改革」の推進を命じられた自分の果たすべき役割ではないかとも考えるようになりました。
 「緑の分権改革」だけをテーマにした単行本を刊行することに対しては、その政策がまだ発展途上にあることなどもあって、逡巡する出版社もありましたが、京都の学芸出版社に相談したところ、大変暖かいご示唆やご助言をいただき、何とかこのたびの出版にこぎつけることができました。このことは私にとっては望外の喜びです。
 「緑の分権改革」は、真の地域再生のためには、政治行政上の地方分権改革だけでなく、経済・社会システムの分権化こそ必要であるという大変すぐれた考え方であり、また、長年私たちが慣れ親しんできた補助金行政とは違う新しい改革手法を提起する政策です。このことについて、本書を通じて一人でも多くの読者の方々に深い理解とご賛同をいただければ幸いに存じます。

    平成23年10月

総務省自治財政局長         
(前地域力創造審議官)       
椎 川  忍