トラムとにぎわいの地方都市
ストラスブールのまちづくり

はじめに

 フランスの東部、人口約26万人の地方都市ストラスブール。美しく歴史ある教会や町並みを多くの人が訪れる観光都市、また欧州連合の主要機関が集中する「欧州の中心」として有名だが、もう一つ、「フランスを代表する環境都市」「都市公共交通政策のパイオニア」という重要な顔を持っている。デザイン性の高い「トラム」(新型路面電車)に象徴されるこのまちの先進的な都市政策に学ぼうと、日本を含む世界中から多くの人々が訪れる。
 かつてこのまちも、現在の日本の都市と同じように、自動車に公共スペースを奪われ、大気汚染と都心の渋滞に悩まされていた。しかし、今では、駐車場と化していた広場が市民の憩いの場として再生し、日本の地方都市では想像もできないくらいさまざまな年代の人々が集まり、活気がある。市街地をトラムと自転車が軽快に走り、人々は楽しそうにまちなかの散策を楽しんでいる。このストラスブールの「変身」がなぜ可能だったのかを考えるのが本書のねらいだ。
 わたしの欧州での30年間に及ぶ滞在の最後の10年間をストラスブール市で過ごし、この地方都市での生活がとても快適なことに驚いた。自然に恵まれ、文化が豊富で食事がおいしいまち。交通の移動が簡単なので自由時間が多くとれる環境。そしてちょうど私がストラスブールに来た時期が、トラムの導入期と重なった。
 通訳という仕事上、日本から視察に来られる方々をご案内し、この地の交通政策関係の専門家たちのお話を何年にもわたって聞く機会に恵まれた。そして、日本からみえる多くの方々は、その立場を問わず、同じことを尋ねられることに気付いた。「トラムが導入されて、汚染は緩和されたか?」「地価は上昇したか?」 実はこれらの質問には正確な解答はない。なぜなら今更「トラムがもしなかったらとしたら」という調査も数字も出ないから。それよりも、今やフランスの22の地方都市でトラムが「まちの顔」として市民生活の中心を占めるようになり、その先駆けであるストラスブール市が「歩いて楽しいまち」になっている現実の姿を見てほしい。
 決して環境やエコを意識してトラムを導入したわけではないが、できるだけ多くの人が住みやすいまちづくりを追求した結果、環境にやさしい都市が出来上がった。都市交通政策を、市長が交代しても変わらない都市政策の基軸に据えることで、ストラスブールは中心市街地の活性化にも大成功した。
 本書では、どのようなプロセスで「中心市街地からの車の排除が可能だったのか?」「市民の賛同を得ることができたのか?」などのまちづくりの歩みを丁寧に説明した。1989年から2010年までの約30年間のストラスブールのまちづくりの過程を、歴代の市長に直接お尋ねし、その生の声で語ってもらった。また政策決定者だけでなく、それを実行する行政マンの本音に迫り、また市民のまちづくりへの参加のあり方、反応の実態などもできるだけ詳しく紹介した。都心活性化と環境保全の側面からだけではなく、文化・社会・交通などあらゆる面からまちづくりに取り組んできたストラスブールの全貌に迫ったつもりだ。地方の中小都市が「住みやすさ」を追求しながら、「交通権」を保障し、「格差社会化」に対応しようと努力してきた結果、「環境にやさしいコンパクトシティ」の姿に近づいてきたゆきさつを、年代を追って書いてみた。
 また、長年にわたるフランスでの仕事、家庭生活を通し、住民の目から見た、ストラスブールのまちづくりを紹介した。まちを作るのも、そこに住むのも人間である。その息遣いをお伝えするために、最終章ではフランスの地方都市における市民の生活にも触れてみた。
 本書が、今後の日本における「地方の元気なまちづくり」「人が帰ってきたいと思えるまちづくり」「歩いて楽しいまちづくり」に少しでも参考になれば嬉しい。

ヴァンソン 藤井 由実