トラムとにぎわいの地方都市
ストラスブールのまちづくり

おわりに

 ドイツのフライブルグやカールスルーエを訪問したあとに、国境を越えてフランスのストラスブールを訪れる日本人が多くなった頃に、ちょうど私はストラスブール市に住むことになった。結局10年余りを過ごし、日々変貌してゆくダイナミックなまちづくりのプロセスを市民としてもみつめてきた。
 余りにも日本人からストラスブール市役所でのヒアリングのリクエストが多くなり、通訳の私に「代わりにレクチャーができないか」と問われたのが、私がトラムに真剣に関わるようになったきっかけだった。日本の環境省の地球環境研究総合推進費「環境負荷低減に向けた公共交通を主体としたパッケージ型交通施策に関する提言」プロジェクトのフランスでのコーディネーターとして、交通問題のご専門の先生方と3年間ご一緒させていただく機会にも恵まれ、私の中で初めて「トラム」が単なる交通手段から、「まちづくり」のツールとしての姿を取り始めた。青山吉驕E京都大学名誉教授、伊藤雅・広島工業大学准教授、柄谷友香・名城大学大学院都市情報学研究科准教授、酒井弘・株式会社まち創生研究所代表取締役、鈴木義康・日建設計総合研究所主任研究員、松中亮治 ・京都大学大学院准教授はじめ、さまざまなお教えをいただいたプロジェクトチームの皆様に心から感謝申し上げたい。先生方とお会いする幸運がなければ、この本を準備する材料そのものを私自身が探すこともできなかっただろう。いつも楽しく一緒にお仕事させていただいた日々の経験からこの本は生まれた。
 そして、30年の欧州滞在を経て日本に戻り、日本の地方中小都市の過疎化を目の前にして、フランスの「元気で個性のある、住んで楽しいまち」にはトラムがあることを伝えてみたいと思った。
 ちょうど学芸出版社編集部の岩崎健一郎氏にお会いしたのもその頃だった。この本の趣旨を理解してくださり、目次構成から丁寧にご指導いただき、心から感謝を申し上げたい。岩崎氏が、この本を単なる報告書ではなくストーリー性に富んだ、流れがある読み物にしてくださった。時にはIT技術の情報までご支援いただき、とても楽しい本作りを経験させていただいた。またアルザス在住の吉崎佳代子さんからは取材にあたって貴重なサポートをいただき、中でも4章2項の「ローカルデモクラシー」に関する興味深い材料の提供と、バイパス建設反対運動を行っている自然保護団体アルザス・ナチュールのインタビューもお願いした。ドイツや日本の事情などを丁寧に教えてくださった日本経済研究所の傍士銑太氏からは、幾度かにわたって貴重なご示唆をいただき、その素晴らしいお言葉は氏のご了解を得て本書の記述でも大いに参考にさせていただいている。この場をお借りして皆様方に御礼を申し上げたい。
 特に環境を意識せずとも、誰もが簡単に移動できる権利を弱者にも認める政策を追求すると、トラムを中心とした環境にやさしいまちづくりになっていた。そういうストラスブール市の全貌に迫ったつもりだが、少しでも皆さんの好奇心と疑問にお答えできる形になっているだろうか? 是非読者からのお便りをお待ちしている。
 また、できる限りの情報提供を意図して、本書には多くのフランス語での原典や数値(本書が準備された2010年から2011年当時のもの)の紹介を行ったが、お役に立てば嬉しい。
 そして、この本を執筆するにあたり、ストラスブール市役所はじめ地元の方々からは信じられないようなご協力を得た。市役所の中を自由に何日間も動き回る自由を享受し、情報の開示、政策事情の説明、写真提供をしていただき、また歴代市長3名を始め、申し込んだすべての人がインタビューを快諾してくださった。
 最後に、私の仕事を理解し、常に支援してくれた夫パトリック・ヴァンソン(Patrick Vincent)と3人の子供達、エリナ(Elina)・トーマ(Thomas)・フローラ(Flora)が、この本のフランス語版をいつか読める日が訪れることを願いつつ。

ヴァンソン 藤井 由実