神戸の震災復興事業
2段階都市計画とまちづくり提案

まえがき


 阪神・淡路大震災が発生してから今年で16年の歳月が流れた。未曾有の被害を受けた神戸の被災地では、東部と西部の両副都心の整備などをはじめとして、様々な復興事業が実施され、安全で安心して暮らせる新しいまちとして甦った。震災復興事業は神戸市をはじめ被災した地方公共団体の手により、大規模に被災した18の地区を対象に施行された土地区画整理事業が2010年度末までにすべて完成した。都市再開発事業が施行された6地区の内5つの地区で完成し、残っているのは神戸市内の新長田駅南地区だけとなった。これらの事業が完成した地区では震災による傷跡はまったく見られないところまで復興した。復興後のこれらの地区内では地区内宅地面積に占める道路や公園といった公共用地の割合が4割程度と、従前の1.5〜2倍程度に増え、防災性や安全性、日照・通風などの居住性が飛躍的に改善されている。戦災復興事業の施行地区からはずれ、未整備のまま取り残されていたかつての密集市街地が郊外のニュータウン並みの高い水準で甦ったのである。わが国大都市の目下の課題というべき老朽住宅密集市街地の改善を考えようとする際、その1つの手本を示すことができたといってよいであろう。
 ここに至るまでの神戸の復興を被災直後誰が予想できたであろうか。復興事業がほぼ終了した今の時点からあらためて振り返ってみると、復興政策の形成と実施にあたって市当局の大局的な政策判断と被災地域住民の復興への熱意が復興事業の推進に大きな影響力を持ったことは疑いのないところであろう。そこで筆者は、この復興がどのようにして成し遂げられたのか、この点を掘り下げて考え、そこから若干の教訓を引き出すことを試みることにした。そのために、復興事業の推進を支えてきた様々な制度的・社会的要因を具体的に分析し、復興を成功に導いた原因やその成果を明らかにすることが必要である。次いで、復興事業の成果を復興政策の目標に掲げられた「安全で安心して暮らせるまち」、すなわち、「防災モデル都市」建設の理念に照らして総合的に評価していくことが求められるであろう。
 筆者は、以上の課題設定のもと、震災復興事業による復興過程を大きく復興政策の形成もしくは復興都市計画の計画段階と実施段階に分けて以下のように検討作業を進めることにした。まず、復興政策の形成段階においては、神戸の復興都市計画手続きにはじめて導入された「2段階都市計画」の新手法が採択されていく過程に着目して、この新手法による事業の対象地区および幹線道路、近隣公園といった大枠の都市計画案が作成され、神戸市と兵庫県の都市計画審議会で復興都市計画として決定されるまでの政策過程を分析する。この分析では、復興政策立案の背景や政策形成のプロセスを明らかにする一方、政策の制約要因としての現実性(feasibility)に着目し、2ヶ月という短期間に大枠の都市計画決定に至った原因の解明を試みる。なお、ここでいう2段階都市計画の枠組みは、従来の都市計画の手続きを、その大枠を決める第1段階と、計画の詳細を定める第2段階の都市計画の2つの手続きに分けて行うという仕組みをとっており、第2段階の都市計画では、住民との協議により必要に応じては大枠の計画すら修正できる余地を作り、ここで最終的な都市計画を実質的に定められるように工夫されている。
 次に、復興都市計画の実施段階においては、まず、事業地区の住民で結成されたまちづくりの住民組織であるまちづくり協議会の役割、特にその「まちづくり提案」の意義に着目して、これが住民と行政の協働によるまちづくりをどのように推進できたのか、これを検討する。さらに、このまちづくり活動を通じて市長に提出される提案内容が第2段階の都市計画案作成にどのように取り入れられたのか、この過程を検討する。加えて、その中で、第2段階の都市計画に第1段階の都市計画の変更がどのような協議の過程を経て組み入れられたかを検討する。この検討に際しては、各事業地区における幹線道路や近隣公園の計画に焦点を当てて各事例を比較分析し、その差異を明らかにする。
 最後に、以上の検討作業で得られた知見をもとに復興過程を全体として総括し、事業の成果について評価するとともに、被災市街地特別措置法による「段階型」の都市計画に関する提言を試みる。
 本書の構成は以下の通りである。第1章と第2章では、政府の震災復興政策の概要と神戸市の震災復興事業の課題と方策を紹介し、第3章の前半部分では、「防災モデル都市」づくりの復興理念のもとに進められた神戸市の復興事業の基本方針の策定、震災復興計画の作成と2段階都市計画手法の採択に至る政策過程を、後半部分で、都市計画審議会にかかるまでの手続きとその決定過程を取り上げて検討した。第4章では、2段階都市計画の実施段階における住民協議の過程において「まちづくり提案」を通じて重要な役割を果たしたまちづくり協議会を取り上げ、その組織過程と活動の実態を検討した。第5章と第6章では、土地区画整理事業および再開発事業の実施の過程を通じて、2段階都市計画が実現していく過程を明らかにするとともに、第1段階の都市計画の変更や地区内住民の費用負担軽減の問題などを中心に検討した。さらに第7章では復興事業を具体的に示しながらその評価を行い、最後に第8章で2段階都市計画による協働のまちづくり事業の全過程を総括し、その成果と意義についてまとめた。
 筆者は、本書の執筆を通じて、復興の政策形成における様々な岐路をつなぎ合わせてきたその道筋を明らかにするよう心がける一方、その形成と実施の過程を事例研究といった制約の中でできるだけ一般化して示すよう努めたつもりである。
 本書は、震災発生から16年間にわたり震災復興に関連した業務に関わってきた神戸市の多くの職員の一人として、自らの体験をもとに仕上げた成果という性格を一面では持っている。しかし、本書で示された見解は、神戸市市役所を代表するものではないことをあらかじめお断りしておきたい。

2011年7月
中山久憲