地域の力が日本を変える
コミュニティ再生と地域内循環型経済へ

まえがき


 一瞬にして多くの命と日常の穏やかな暮らしを奪った東日本大震災。大量消費によって物質的な豊かさを追求する右肩上がりを前提とした社会が永続的なものではないことを気づかされることとなった。
 本当の豊かさとは何か。幸せとは何か。私たちは、これまでの生き方や価値観を、根本に立ち返って今一度、見つめ直すことが求められている。
 過疎化・高齢化が進む被災地域の本格的な復興がこれから始まろうとしている。一日も早く被災地に笑顔が戻ることが期待される。この大震災を教訓に、どのような地域社会をつくっていくのか。それは、過疎化・高齢化の進展等によって衰退が進む地域に共通するテーマでもあり、これまでの地域再生のあり方や進め方が試される場でもある。
 これからの地域再生は、地域経済の成長だけではなく、むしろ地域住民が実感する地域での「暮らしの満足度」や「幸福度」をどう高めていくかに価値軸が置かれるであろう。個人所得などの経済的側面でみるとこれまで以上に厳しいかもしれないが、豊かな自然環境の中で、家族との絆やコミュニティとの関係性を大切にし、温かいコミュニティに守られながら、自己実現を図ることができる心豊かな暮らしを実現できる環境を、そこに暮らす住民が主体となって、どう形づくっていくかが問われている。
 とりわけ、地方の中山間地域や小都市を取り巻く環境は厳しい。人口減少や少子・高齢化が著しく進展し、それに伴う地域経済の規模の縮小も懸念されている。いわば将来の日本の諸課題を先取りした地域とも言える。こうした地域を主な対象として念頭に置きながら、地域住民が主体となった持続可能な地域の再生を効果的に実現するためには、どうすればいいのか、どのような仕組みの構築や取組を進めていけばいいのかを明らかにするのが、本書の目指しているところである。
 東京財団の「新しい地域再生政策研究プロジェクト」では、既存の地域再生関連施策の検証を行うとともに、地域再生を効果的に推進するための政策や仕組みについて研究を進めてきた。2010年3月にはこの研究内容を政策提言として取りまとめ、東京財団ホームページにおいて公表したが、国会議員をはじめ、自治体関係者や地域再生に携わる実践者等から好評を得た。
 本書は、国・地方自治体の政策担当者や最前線で取り組んでいる地域再生実践者を主な対象として、これまでの研究会での議論の内容や発表した政策提言をベースに、具体的な事例や全国で活躍している実践者のインタビューを紹介しつつ、これからの地域再生のあり方や地域再生を効果的に進めるための具体的な諸方策などをできるだけ分かりやすく書き起こした実践的な内容となっている。
 第1章では、東京一極滞留時代、消滅集落の発生、投資余力が減少し新規投資できない社会の到来など地域を取り巻く環境の変化や、現在推進している地域再生政策のレビューに基づく現行制度の課題を整理した。その上で、これからの地域再生の目指す姿がどのようなものであるべきかや経済的に自立した持続可能な地域の再生を進める上で「地域内循環型経済の構築」と「地域コミュニティの再生」が鍵となることを示した。そして第2章では、地域再生を効果的に推進するためにどのような事業や取組を進める必要があるかについて、具体的な8つの方策を詳述した。
 第3章では、全国で活躍している5人の実践者、清水愼一氏(開TB常務取締役)、松本大地氏(商い創造研究所代表取締役)、野上泰生氏(NPO法人ハットウ・オンパク運営理事)、後藤健市氏(LLC場所文化機構代表)及び浜田哲氏(美瑛町長)に地域再生の取組について伺っている。地域で進めていく上で起こる様々な課題等に対して、どのように解決してきたのか、また地域再生を進める上でのポイントなどを、具体的な地域での取組事例を交えながら、語ってもらった。
 第4章では、 地域再生の主体は住民自身であり、地域への愛着と誇りの再建が地域再生に不可欠であることや、地域の多様な主体によるパートナーシップと地域経営事業組織の構築の重要性を指摘した。その上で、これからの地域再生政策の立案や支援制度の具体化に当たっての留意事項を整理した。
 地域での具体的な実践例について学びたいという方は、第3章を先にお読みになってもよいだろう。また、国や自治体の職員の方で、地域再生政策を推進するための具体的な施策や取組を検討する上でヒントになるものをお探しの方は、第2章や第4章からお読みいただくことをお薦めしたい。
 本書が、被災地域を含め、日本に暮らす一人ひとりの住民が幸せを実感できる魅力的な地域の再生と、それを通じた美しくしなやかな力強い日本の再生の一助となれば幸いである。
2011年5月  井上 健二