現場発!
産学官民連携の地域力

はじめに

 本書は、我々が有志の仲間とともに過去10年間にわたって活動してきた産学官民コミュニティ「関西ネットワークシステム(KNS)」が編者になって、現場で産業振興や科学技術振興、まちづくり活動に取り組む当事者の思いや奮闘する様子を自らが書き記したものである。
 KNSは、岩手ネットワークシステム(INS)をモデルに立ち上げた、産・学・官・民に属する有志メンバーが個人資格で参加する異分野コミュニティである。「産学官民連携はコミュニケーションからはじまる」をテーマに、2003年6月から活動を開始し、2010年12月末現在約276人の会員が、年間60〜70日にも及ぶ活発な活動を行っている。
 目的は、構成メンバー同士や構成メンバーが関係する様々な人々との顔の見える関係づくりであり、参加する人同士が所属や肩書き、年齢、性別、国・地域など背中に背負った看板を脱ぎ捨てて、ひとりの自立した個人として関係性を創り、それをもとに各自が、産産、産学、産官、産学官など様々な組み合わせによる自主的・自律的な活動に取り組むことで、地域産業や科学技術の振興、まちづくりの実現に取り組み、ひいては地域経済の活性化に貢献することをめざしている。
 ところで、産学官民というと何となくわかったような曖昧な表現になりがちなので、その大凡の概念を整理しておこう。ここでいう「産」「学」「官」「民」とは、「産」は企業や営利活動を行う経済主体に属する人、「学」は大学や研究機関、その他教育機関で研究活動や教育に関わる人、「官」は行政や行政サービスを提供する組織に属する人、「民」はNPOやボランティアグループなど非営利で活動する主体に属する人、およびどこにも属さない個人、といったイメージで整理できる。
 産学官民連携と一言で言っても、言うは易し行うは難しである。産学官民連携というと、「産」「学」「官」「民」各々の組織間連携を意識し、「産」「学」「官」「民」という言葉を線で結ぶ単純なイメージを描く人が少なくないが、各々の組織に所属する人々の属人的な関係性を抜きにしては成り立たない。各々の組織における人間同士の関係性が、様々な形でその成否に影響を与える。しかも、その関係性は時間的な流れの中で絶えず変化しており、その結果はその時々によって異なることになる。たとえ、産学連携に関する綿密なプログラムがあっても、それに携わるプロジェクトリーダーのマネジメント能力やリーダーシップ、構成員のモチベーションや当事者意識等々、様々な要因がその成否に関係しており、しかもこれらの要因は恒久的に固定化されたものではなく、日々刻々と変化するため、時間軸を視野に入れないと本当の意味で成否を判断することは難しい。
 また、こうした関係性を生み出す「場」を、本書では「産学官民コミュニティ」と表現する。「コミュニティ」というと、社会学では、規定自体多義的であり概念が曖昧であるという前提のもと、伝統的には、「一定の地域の住民が、その地域の風土的個性を背景に、その地域の共同体に対して特定の帰属意識を持ち、当人にとっては選択の余地のない人格全体を包含するような文化・価値体系を持った集団」などと定義され、むしろ本書で言う「産学官民コミュニティ」は、特定の類似した関心や目的を持つ人びとが、自由意志で加入・離脱し、ある目的のために意識的に結合し形成する人為的集団である「アソシエーション」に近いものである。しかし、今日では、「コミュニティ」という言葉が、地域社会と共同社会という二つの意味合いを持ちながらも、連帯や共同の活動との関わりで用いられることが多くなってきており、本書においても産学官民連携活動の母体となるものとしてこの言葉を使うことにした。
 現場で産学官民連携活動に関わる人は、必ずしも描いたシナリオのとおり事が運ばないイライラ感に苛まれながらも、目標の実現に向け日々努力・奮闘しており、繰り返し目前に現れる様々な難題に対して、失敗を繰り返しながら、時間をかけて結果を出してきた人も少なくない。小さな成果を生み出す舞台裏では、血の滲むような努力の中で悪戦苦闘した現場人の思いがあることを忘れてはならないのである。
 しかし、いわゆる「成功事例」と呼ばれるある程度の結果が出た案件は、行政やマスコミ、大学の研究者などが話題に取り上げ、発信し、研究の対象として調査を行う。これは大変有り難いことなのだが、一方で、伝えて欲しい現場の思いが脚色、編集され、必ずしも正しく伝わらず、失望することも少なくなかった。ニュアンスのずれ程度であればまだいい方で、全く意図していないことが発信されたり、明らかに事実誤認であるケースもあり、現場で苦労する我々にとっては憤りを感じることさえあった。
 また、KNSで活動していくうちに、全国各地で同じような思いを持って活動する熱い人に出会うことが多くなった。そして、これらの人たちと一緒になって熱い思いを交換しながら、互いに切磋琢磨し、ある時は協働し、各々の活動に取り組んできている。一見順調にプロジェクトを進めているように見えても、本音で話をすると、その舞台裏では相当な苦戦を強いられ、それに対して人並み外れた努力をして乗り越えてきている姿を垣間見ることになる。しかし、この経験値はなかなか表には出ないし、第三者が客観的に表現しようとすると臨場感がなくなってしまいがちである。
 悪戦苦闘する現場での思いを正しく伝えるためには、若干客観性が失われても、現場で活動している本人が直接書き残すしかないと思ったのが、本書を出したいと思った最大の動機であった。様々な活動の裏側に潜む本音の部分を少しでも読者に伝えることができれば、同じ思いを持って活動する仲間の精神的な支えになるかもしれないし、これから産学官民連携活動に取り組もうとしている若い人たちにも何らかのヒントや気づきを与えられるのではないかと考えた。本書は、こうした思いを共有するKNSの熱いメンバー22人が、多忙な本業の合間を縫って、少しでも現場での思いを伝えるべく、執筆に取り組んだものである。
 本書を構成するにあたっては、KNSメンバーの中から、現場で産学官民連携活動を実践し、ある程度の結果を出している人で、産産、産学、産学官など「産」「学」「官」「民」各々の組み合わせで、熱い思いを持って積極的に活動している人を選び、執筆を依頼した。当然のことながら、KNSのメンバーには、熱い思いを持って現場で頑張っている人が他にも大勢いることは言うまでもない。構成と紙面の都合上、この人選になったことをお断りしておきたい。
 また、本書は、産学官民コミュニティの意義、政策的背景、国際比較、そしてINSモデルの波及を扱った「第1部 産学官民コミュニティの意義と展開」、KNSメンバーの活動事例から産学官民コミュニティの役割を明らかにした「第2部 産学官民コミュニティが生み出す新たな地域力」、そして本書の締めくくりである「総括と展望―産学官民連携の地域力」から構成される。
 本書が、全国各地で同じ志を持って活動する産学官民メンバーに少しでも元気と勇気を与えられるものになればと願う次第である。

KNS世話人のひとり 堂野智史
(財団法人大阪市都市型産業振興センターメビック扇町)