成功する地域資源活用ビジネス
農山漁村の仕事おこし

まえがき



 日本社会の衰退が進行しているが、地方の衰退は驚くほどの速さである。県庁所在地などの中核都市を除いて、地方の町や村に人影がまばらなことに驚かされる。若者の姿もほとんど見かけない。過疎化と高齢化が同時進行しており、地域社会が消滅しかねない「限界集落」も増加している。

 衰退モードに陥っている原因は、昭和40年代の高度経済成長を達成した社会体制から脱却できないためである。高度経済成長モデルは、東京を中心とした大都市圏に資源を集中させ、その成果を地方に再配分するという社会システムである。だが、こうしたシステムは、国が示した基準に合わせた事業を地方に展開させたため、地域特性に合った独自の事業やビジネスを展開する力を、地方から奪ってしまったのである。

 高度経済成長モデルにおける再配分の主要なルートは、公共工事や農業などへの補助金であったため、地方の産業構造は建設業や農業に偏ったものとなってしまった。だが、建設業は財政危機による大幅な公共事業の削減に見舞われ、農業は米価の下落や輸入農産物との競争、高齢化による生産性の低下などによって、いずれも成長力を失い、雇用が減少し続けている。安定的な雇用機会を提供できなくなった地方では、若者の流出によって過疎高齢化が急速に進行している。衰退を食い止めるには、地域で仕事に就けるように雇用機会を創出することが不可欠である。

 幸いなことに、地域の現状は悲観的な風景一色ではない。都道府県単位の統計データをいくら詳しく見ても、地方の衰退を示す数字ばかりが目につき、地域の活性化に関するヒントは得られない。市町村単位の統計データを詳しく調べると、少数ではあるが元気な地域が散見される。さらに、地域情報を丹念に調べると、驚くほど元気で頑張っている地域や企業があることを発見することができる。

 ここ数年、遠隔地や平坦な耕地が少ない中山間地で頑張っている企業を発見すると、現地を訪問してその成功要因を分析することに、相当の時間を割いてきた。訪問先の企業は、ほとんどが公共交通機関では辿りつけないような不便なところに立地している。こうした地域でも雇用創出に成功しており、新幹線や高速道路、空港などを建設すれば、必ず地域が発展すると考えることが、いかに現実的でないかがわかる。

 遠隔地や中山間地といった地域で雇用創出に成功している企業は、極めて似通った成功要因を持っているのに驚かされる。地元で採れる農産物を原材料として、差別化された安全・安心な商品を開発・生産し、それを「地産地消」にとどめることなく、大都市圏に売り込むという「地産地商」のビジネスモデルを確立している。

 興味深いことに、大都市圏への販売に関しては、地域で頑張る企業としてテレビや新聞、雑誌といったマスメディアに注目され、テレビ放映や掲載記事を通じて売り込みに成功するという、まったく経費のかからない手法に依拠している。ただし、マスメディアを活用するには、彼らが興味を持つような独自性のある製品やビジネスモデルを編み出していなければならず、他の地域の成功例を猿まねしたようなものでは見向きもされない。

 さらに、地域で頑張る企業は、起業の難しさを克服するために第三セクター方式(地方自治体と民間の共同出資組織)を採っている。高度経済成長モデルにおける三セク方式は、宮崎県のシーガイアに代表されるように、巨額の負債を抱えて倒産するところが相次いだ。これに対して、地域で頑張る三セク企業は、身の丈に合った投資・経営規模で、行政からの天下りを受け入れるといった癒着を避け、経営の自立性を維持しながらビジネスを展開している。

 これらの企業では、必ず創業や経営に関して強力なリーダーシップを発揮した重要人物が存在している。行政依存の三セク企業になると、ローテーション人事によって経営責任の所在が曖昧になるが、自立的な経営を確立した三セクは、中心的な役割を担う人物が明確であり、硬直化した組織経営に陥ることなく、経営改革を柔軟に推し進めている。

 キーパーソンとなっている人物は、地元以外の都市圏でビジネス経験を積み、何らかのきっかけでUターンした場合が多く、「井の中の蛙」といったタイプではない。それゆえ、村おこしのビジネスを展開するためには、大都市圏への売り込みが不可欠だと考え、「地産地商」のビジネスモデルを展開している。さらに、生まれ故郷への愛着や地域の衰退への危機意識を強く持っている、といった共通性が認められる。

 地域の衰退・崩壊を食い止めるには、安定的な雇用機会を地元に創り出すことが不可欠である。この本で取り上げた企業事例は、いずれも極めて不便な立地条件にもかかわらず、独自製品を開発・生産して大都市圏への売り込みに成功し、自らが雇用の場を創出するとともに、原材料となる農産物や海産物を地元から調達することによって、農業や漁業の振興にも寄与している。

 本書が、地域振興に携わる方にとって、衰退モードを打ち破る独自のビジネスモデルを企画・実行する際に、何らかの参考になることを願っている次第である。