地域ブランドと魅力あるまちづくり
産業振興・地域おこしの新しいかたち

はじめに


 ここ数年、地域ブランドの事例調査のため全国各地を訪れている。先般も、日本の最北端にある北海道稚内市(人口3万9千人)に出かけた。同市にある二つの「北海道遺産」(「宗谷丘陵の周氷河地形」「稚内港北防波堤ドーム」)を見学するためだ。なかでも「宗谷丘陵」は、フットパス(歩行者用の小径)が整備され、広大な波状丘陵や牛の放牧、57基の風車群(風力発電)などを間近にみることができる。北海道を代表する景観資源の一つである。

 「北海道遺産」とは、自然、歴史・文化、地場産業などの地域資源から選ばれた、次世代へと引き継ぎたい有形・無形の財産群のことだ。道民全体の宝物として、公募により52件が選定されている。
 選ばれたのは、「摩周湖」(弟子屈(てしかが)町)や「ジンギスカン」(道内各地)等の有名な資源だけではない。地域が熱心に保全・活用に努めているものや、今後の取り組みに期待できるものなどが多分野から選定されている。例えば螺湾(らわん)ブキ」(足寄(あしょろ)町)、「モール温泉」(音更(おとふけ)町など)、「ピアソン記念館」(北見市)、「アイヌ語地名」(道内各地)などで、その顔ぶれは実に多彩だ。
 「北海道遺産構想」は、この「北海道遺産」を地域で守り、育て、活用するなかから、新しい魅力を持った北海道を創造していく道民運動である。狙いは、地域づくり・人づくり、地域への愛着と誇りの醸成、地域経済の活性化にある。こうした地道な活動が、北海道ブランドの多様性や厚みを増し、基盤の強化に役立っている。

 いま全国各地で、このような地域ブランド形成への取り組みが始まっている。その背景には、人口減少や高齢化、財政難などで地域の活力低下に悩む自治体の姿がある。また、地方分権化の進展のもと、市町村合併後の産業振興を模索する地域の動きがある。疲弊した地域を再生し、活性化していくためには、持てる地域資源(自然、歴史・文化、地場産業等)を存分に活かして独自の魅力を創りだすことが必要だ。そして、その切り札となるのが地域ブランドである。

 一方で各地の取り組みをみると、農林水産物や、その加工品、温泉などの「特産物(サービス)ブランド」の構築のみにとどまっているケースが多い。しかし、今後は地域資源を最大限に活用しつつ、幅広く個別ブランド構築へと取り組み、総合的にブランド力を高めていくことが必要である。優れた地域ブランドとは、多様性と個性に溢れた個別ブランド群によって構成される統合ブランドであるからだ。そのためにも、「特産物(サービス)ブランド」だけでなく、「文化・環境ブランド」への積極的な取り組みが求められる。そして、これらにより「観光ブランド」の構築も容易となってくる。
 これから我が国では、地域の持つ歴史・文化、景観、自然環境などを主要資源とする「文化・環境ブランド」の構築が重要となるだろう。さらには、それらの多様な個別ブランド群を統合ブランド確立へと、いかに収斂させていくか。地域のブランド戦略が問われるところだ。

 本書は、2008年に出版した『観光振興と魅力あるまちづくり〜地域ツーリズムの展望』の姉妹書といえるものである。前著を上梓してから、地域の魅力創造と地域ブランドについて考え続けてきた。また、実際にいろいろな地域を訪ねて、地域の人たちと一緒に考え、議論を重ねる機会を作ってきた。それらの思考過程や活動のなかから生まれたのが本書である。執筆にあたっては、できるだけ幅広い視点から地域ブランドを捉えるように努めた。また、各地の事例をふんだんに盛り込み、具体的かつ実践的な内容となるように心がけた。
 想定する読者は、地域ブランドの研究者や学生はもちろんのこと、ブランド構築や活性化事業等に携わる行政マン・実務家である。また、観光に関連する人たちにも、是非読んで頂ければと思っている。従来とは違った視点から、観光振興を捉え直すことができるだろう。本書が、わが国の地域ブランド形成や魅力あるまちづくりに、少しでも貢献できれば幸いである。
 本書は、全体を5章で構成している。序章は「地域ブランドとは何か」として、地域ブランドの基本概念等を紹介した。特に地域ブランドの定義では、筆者独自の理論展開を試みている。第1章「いま、なぜ地域ブランドなのか」では、地域ブランドが求められる背景について詳しく説明した。第2章は「特産物(サービス)ブランドへの取り組み」として、地域団体商標や本場の本物など四つの分野を解説した。第3章「文化・環境ブランドへの取り組み」では、地域ブランドの新領域として創造都市、アート、景観など六分野を分析している。特に生物多様性は、これまでにない地域ブランドの視点として興味を持って読んで頂けるだろう。終章の「ブランドの統合化と創造」は、京都ブランドを分析したうえで、優れた統合ブランドの創造について論じた。併せて歴史的地名の重要性についても触れている。また、幾つかのトピックスを、肩の凝らないコラムとして掲載した。