食旅と観光まちづくり


はじめに


 
 「やっぱり海に近い温泉の夕食は、さかながどれも新鮮で本当に美味しかった」「あの町の郷土料理は有名なだけあって結構良かった」「本場で食べるフグ料理はさすがに満足した」「お昼に食べたご当地ラーメンは安いのにとっても旨かった」。

  これらは、旅行から帰ってきた人からよく聞く旅先での「食」に関する土産話である。明確には線は引けないが、1980年代まで、すなわち昭和の時代の、旅と食の関係がよく表れている。つまり、旅先での食については、多くの場合が旅行終了後、結果論としての思い出、土産話としてのコメントに登場していた。

  「新鮮な旬のさかなが食べたいから海に近い温泉に行こう」「あの有名な郷土料理を一度地元に食べに行こう」「フグ料理はやっぱり本場に食べに行かなくちゃね」「ちょっと遠いけれどあのご当地ラーメンをあのまちに食いに行こう」。

  これらの会話が、1990年代以降、すなわち平成の旅と食の関係である。旅先での地域の食が旅行者個人の旅の重要な目的で、旅をする大きなきっかけとなり、旅先を選択する要素となっている。旅先の食で得られる満足を予想し、個人の意思として出発前に語るようになってきた。

  これは日本人の旅行そのものが時代とともに大きく変化してきたからである。最大の変化は団体旅行中心から、夫婦や家族、友人などと行く個人旅行にシフトしてきたことだ。そして、もうひとつは旅行が成熟度を増し、物見遊山型、周遊型の旅行から目的型、体験型、滞在型へと移行していったことにある。

  とくに、旅に明確な目的を求めるようになり、その目的は多様化、個性化していった。旅の頻度が上がり、大衆化していった頃から、その目的のひとつとして「食」が注目されるようになっていった。「旅先ならではの美味しいものを食べたい」「豪華なものを食べたい」「珍しいものを食べたい」「本場で食べたい」という旅行者の欲求が高まり、旅行者にとって地域の「食」は旅行計画に不可欠な旅行要素となり、地域においては観光まちづくりに欠かせない観光資源となっていった。

  さらに重要な環境の変化として、旅行情報の質量の飛躍的な拡大と収集の容易化がある。つまり、インターネットの普及であり、それを利用した口コミの出現である。旅行者は大量の旅行情報、観光地情報、グルメ情報を能動的に入手し、明確な意思のもと、自らのテーマを持ち旅立つようになった。そのテーマのひとつに「食」が確固たる地位を占めることになった。

  本書は地域の「食」を観光資源として、地域外から旅行者を呼び、交流人口、交流時間を増やし、地域経済に貢献するとともに、文化の相互理解を深めていこうという旅行や観光事業を「食旅(しょくたび)」と名付け、それによる観光まちづくりの可能性を「旅行者の視線」から探ろうとしたものである。

  観光まちづくりに取り組んでいる地域の方々や、旅行を企画し販売する旅行会社の皆さん、そして観光ビジネスや食にかかわるビジネスなどの方々に少しでもお役に立てたら幸いです。