食旅と観光まちづくり


おわりに

 
 食旅による観光まちづくりには教科書はない。第2部の事例で紹介したように、そのスタイルは、見事に地域それぞれである。

 その中で特に紹介したかったのは、地域に存在していた食という観光資源の原石を、さまざまなパターンで磨き上げ、カタチにしていったプロセスである。氷見の「寒ブリ」は、昔からあった特産品のブリというすでに輝いていた原石を「ブリしゃぶ」という、現代人に見えやすいカタチに作り上げブレイクした。「喜多方ラーメン」もただの郷土食という原石だったが、店舗の集積に気付きラーメンマップをつくるなどして、見えるカタチにし、メディアで表現した。帯広の「北の屋台」は、人と人がコミュニケーションする食の空間をめざし、法律や寒さのハードルを越えて屋台村というカタチをつくった。原石は実をいうと十勝地方の豊かな農産物とそれを大事にする人たちだった。各事例のタイトルの下に、観光資源の「原石」と観光資源の「カタチ」を表記したので、参考にしてほしい。

 食、すなわち食材や料理は、目に見えるカタチのあるものだ。しかし、それは地域資源であって、そのままでは観光資源にはならない。特に食材は、流通に乗せれば大きなビジネスになり、料理も地域内の飲食店でヒットすれば域内需要を見込むことができる。もちろん、それも重要な地域の活性化になるが、域外の旅行者に見えるカタチ、遠くから旅してでも食べに行きたいという魅力的なカタチにしなければ、交流人口も交流時間も生まれないし、域外からの消費を吸収することはできない。
 食の観光資源としてのカタチづくりのバリエーションの多さには驚かされる。きっとまだまだ、想像もしていないようなカタチが誕生してくるのだろうと期待している。実をいうとカタチをつくってから、本当の挑戦が始まるのだ。知ってもらい、好感を抱いてもらい、実際に来てもらい、そして旅行者が評価する。その繰り返しの中で、食という観光資源を守り続け、あるいは進化させていかなければならない。本書で紹介した地域はほんの僅かだが、そこにも参考になる大きなヒントが隠されていると思う。

 現在、食旅による観光まちづくりが成功しているところ、成功しつつあるところなどいろいろな地域があるが、成功の実感をつかんだところには、カタチづくりのほかに多くの共通点がある。その大きなひとつが、いうまでもなくまちの一体感であり、推進主体となる人々のまちを思う情熱である。力不足で、そのあたりを十分に伝えられたかは少し心配している。

 本書の出版は学芸出版社の前田裕資さんにチャンスを頂きできたものです。執筆中にも的確な助言を何度も頂きました。編集を担当して頂いた小丸和恵さんにもお世話になりました。紙面を借りてお二人に謝意を表します。また、調査や写真などご支援頂いた旅の販促研究所の中村忠司さん、吉口克利さんにお礼申し上げます。そして、取材先やアンケートで協力をして頂きました地域の皆様にあわせて心から感謝いたします。

  
2010年5月 安田 亘宏