ドイツの地域再生戦略 コミュニティ・マネージメント


おわりに


 ドイツの「コミュニティ・マネージメント」には、地域による差があり、行政支援が不十分な地域もあれば、マネージャーの理解や意欲の不足する地域も存在し、すべてが成功しているわけではない。しかし、500を超える多くの地域で強力に進められ、短期間で様々な成果をあげてきた実績を見ると、ドイツの政策能力や実行力の高さに脱帽する思いがある。
 私は、ドイツの専門家というわけではなく、もともと日本の都市開発や密集市街地の再生、商店街活性化、その他多様なまちづくりに関わってきた。ドイツの研究を始めたのは、その政策づくりの精緻さや構想力の高さに魅力を感じたからである。実は「社会都市」については、当初は様々なことを支援する寄せ集めのような手法と捉えていた。しかし、研究を進めるなかで、その価値観の明解さとそれを実現するための工夫の宝庫であることに気づき、強い関心を持つようになったのである。
 日本での「コミュニティ・マネージメント」の導入を考えると、日本では難しい点が多いと反論されるかもしれない。これは行政側や政治の問題だけではなく、地域社会側の問題もあるだろう。すでに存在する団体同士が対立し、円滑な協力関係が構築できないなどの問題を有する地域は多い。また、集団トップの考え方次第で、関係性を構築することに消極的になったり積極的になったりと方向性が大きく変わることも少なくない。他の集団と連携することを強調しすぎると、集団のなかで孤立することもある。したがって、まず地域内のソーシャル・キャピタルの形成という点でつまずくことも大いに考えられる。
 しかし一方で、日本はドイツのような移民社会ではないので、例えばコミュニティのなかで言語能力の問題によってコミュニケーションが不足することはなく、また、社会参加をする風習を持たない人々に参加を進めるような状況になることは少ない。学校以外に地域団体がまったく存在しないという地域は、ドイツの衰退地域には存在するが、日本にはほとんどないであろう。したがって、日本の方がドイツよりも「コミュニティ・マネージメント」を進めることが困難とはいえないのである。
 むしろ日本においては、コミュニティで様々な集団との協力関係をつくるための動機づけが各団体に適切に与えられ、従来の関係性を打ち破る外部からの働きかけがあり、それを支える仕組みが形成されれば、大いに進展していくと期待される。すなわち、協力関係を構築する動機づけがされ、しかも外部の第三者、例えばマネージャーからの働きかけがあり、さらに支援する仕組みができるという見通しが立てば、その必要性のある地域は、協力関係が形成されうる。これは、すべて本書で紹介した「コミュニティ・マネージメント」そのものである。
 コミュニティ・マネージメントは、行政支援の方法や期間、実施体制、評価方法、人材育成方法と職業の確立など、まだ発展途上の部分も多く含んでいる。行政が支援する地域と地域に対応した段階別の支援方法はどうあるべきか、パートナーシップの形成をどのように推進し動機づけることが効果的か、どのように評価するか、統合型アプローチを発展させどのように評価するかなど、検討すべき課題も多い。また、このよう地域再生政策は、政治の影響を受けやすいが、地域社会やコミュニティ・マネージャーが振り回されすぎないような安定した仕組みも必要に思える。これらは、今後ドイツでもさらに発展させるべきと考えるが、日本でも適切な仕組みづくりや動機づけを行う上で検討が必要である。
 なお、本研究は、報告書やウェブサイト、実地調査とインタビュー、社会都市の専門家との議論をもとにまとめたものである。また、2006〜2008年度の日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(C)の「ドイツの社会都市プログラムの事業運用に関する研究」の成果をもとにしている。研究を進める上で、多くのドイツの自治体の担当者、コミュニティ・マネージャーの方々、地域団体の方々に、お忙しいなか丁寧に対応していただいた。ドイツ都市問題機構(Difu)のトーマス・フランケ氏(Mr. Georg. Thomas Franke)、土地・都市再生研究機構(ILS)のラルフ・ツィンマーヘクマン氏(Mr. Ralf Zimmer-Hegmann)、ベルリン市フィリップ・ミュールベルク氏(Mr. Philipp Muhlberg)、プラナーラーデンのライナー・シュタオバハ教授(Prof. Dr. Reiner Staubach)には、「社会都市」に関する様々なご教示をいただき多くの示唆をいただいた。アンドレア・アントリーニ氏(Dr. Andrea Antolini)には、ドイツの団体や住民参加を教えていただいた。最後に、学芸出版社の前田裕資氏には様々なアドバイスをいただき、森國洋行氏には具体的な指摘をいただいた。ご協力下さり、様々なご教示や示唆、アドバイスをいただいた皆様に心より感謝を申し上げます。

2010年4月
室田昌子