<改訂版> まちづくりのための交通戦略
パッケージ・アプローチのすすめ

はじめに

 
初版へのはじめに

 「現れる交通の量に合わせて、道路や駐車場を作る。こうした追随型の交通施策はもはや成り立たない。従来の考え方を大きく転換する時代がやってきている」。大学の交通計画の講義でこう教えられて、すでに20年以上が経っている。わが国の交通政策は本当に大きく転換したのであろうか?
 
 地方都市では、公共交通の重視は叫ばれるものの、自動車に対抗できるようなサービスを提供することは、制度上や財源上はむろん、市民合意の上でも難しい。多くの市民は、「この街では移動には車しかない」と考えている。大都市では公共交通サービスの整備や自動車交通を減らす試みが始まっているが、目のあたりにする交通渋滞に、「道路がないから」と決めつける市民は多いし、お年寄りらのニーズがあっても、採算のとれにくい公共交通の整備には行政も事業者も消極的である。そこには、少なくとも都市政策のドラスティックな変化を読みとることはできない。
 
 しかし、交通事故で愛する肉親を失った人達。大都市から地方に移り住み自動車免許がないと何処にも行けない現実を味わった人。健康への不安から車をやめて自転車通勤にしたところ、あまりに走りにくい道路に唖然とした人。歩いてやって来るなじみのお年寄りが車が怖くて歩けないと嘆く声を聞いた人。郊外のショッピングセンターにお客をとられた商店主。路面電車や自転車が優遇される欧米の都市を訪れ、その快適さと街の品格に触れた人びと。
 このように自動車にあまりに依存してしまった都市の不合理に気づく人びとは増えている。まちづくりを考えれば考えるほど、交通のあり方を変えたいと思ったという人も現れている。交通の姿、都市生活の姿を変えるべきと感じる人は確実に増えている。
 交通問題ほど身近に感じられながら、いざその改善となると、恐ろしく複雑な様相を示す題材は他にはないかもしれない。交差点を広げて右左折車線をもうけると交差点の渋滞が一時なくなる。しかし、その下流の別の交差点でまた、渋滞が生まれる。どこからか自動車がやって来て、次第に、交通は増え、結局、もとの交差点も渋滞に陥ってしまう。その時には前よりも多くの自動車が通っており、排気ガスや騒音はより悪化している。
 
 商店街を歩いて快適に買物のできるショッピングモールにしたいとだれもが思う。しかし、自分達の商店へ商品を納入する自動車をどうにかして通す工夫をしなければならない。今通っている自動車が思わぬ所に迂回して問題を起こすかもしれない。荷下ろしの駐車が歩行者や自転車の邪魔になっているとわかっていても、どうすればよいのか? 実現には多くの困難が伴う。
 環境を考えると車の利用は減らすべきだと頭でわかっていても、郊外のスーパーにバスでいくなどということは想像しただけで非現実である。かといって、あらゆる人に便利なバスサービスを提供できるのか?膨大な数の空のバスを走らせることになりはしないか?
 このように、目にみえる問題に対して場当たり的な対策を進めても交通問題は解決しない。クルマの使い方、道路などの都市空間の使い方について、市民が環境への配慮とともに共通の目標を認識しないと、どんな施策も解決には結びつかないのである。つまり、交通問題を解くには、まちづくりと密接に連携した「戦略」が必要である。それも、都市生活のあり方自体を変えようと訴えるメッセージが必要になっているのである。
 
 本書はそうした思いのもとに、海外で集めた新しい交通戦略の考え方と事例を紹介して、日本の都市への展開を考える素材として活用してもらいたいと考えて書き始めたものである。著者の3名は都市交通計画を専門とする大学人であるが、いずれも関西や徳島を中心に、実際の都市交通の改善を市民・行政とともに悩む日々を送っている。本書がそうした人びとを元気づけるものとなれば、これほどの喜びはない。
 
2000年4月   著者 
 
 
改訂版発刊に際して

 上記の「はじめに」を記してから、7年余がすぎて改訂版の作業は始まった。この作業は、世界とわが国の交通戦略の進展を見直す貴重な機会であった。最も大きな衝撃はやはりロンドンの混雑税であろう。あれほどの大都市で大規模な道路賦課金が現実に運用されるという予想は我々にも無かった。また、ソウルでの取り組みも衝撃であった。「先進国」の既成概念に捕らわれていたことを身にしみて感じる出来事であったといえる。中国をはじめとするアジアの都市でも交通戦略は進んでおり、今後注目されるであろう。
 
 わが国でも、バリアーフリーの取り組み、コミュニティバスを初めとする公共交通の見直し、さらには富山市のライトレールと、まちづくりをめざした交通戦略の具現化の姿はみえつつある。また、交通改善を参加型や市民関与のもとで進めることで「まちづくり」そのものへの貢献を果たそうとする「交通まちづくり」の活動も始まっている。しかし、持続性のある、また、全国へ普及していくモデルというと、心許ないのが現状であろう。そのような思いを何度も語りながら、改訂の作業を進めた。なお、それぞれの事例については最新状況の記述を努めることにしたが、いくつかの節については、初版の記述にとどめて、歴史的記述として残している。
 
 まちの交通に悩み考える人々にとって、これからの交通戦略の大きな流れを作る力を生み出すために、振り返って目標を見直す指針として、本書が少しでも役立つことを期待したいと思う。
 
 本書の刊行にあたり、貴重な助言や示唆をいただいた交通研究者の諸先輩や同僚達にまず感謝したい。また、訪問した数々の都市では行政やコンサルタントの方々に資料の提供やヒアリングに時間を割いていただいた。また、学芸出版社の前田氏には本書の企画から始まり、改定作業への激励、適切なアドバスを得た。併せて感謝の意を表したい。
 
2010年1月   著者