〈東大まちづくり大学院シリーズ〉
低炭素都市
これからのまちづくり

はじめに


 本書は、東大まちづくり大学院シリーズとして刊行する現代の都市問題とまちづくりのあり方を解明する一連の本のひとつである。東大まちづくり大学院は、2007年に発足した社会人を主体とした正規の修士課程で、火曜から金曜までの夜間と土曜日午後に講義や演習を行って、就業の場で生まれる問題意識を、学習と研究に直結しようとしている新しい試みの大学院である。そこで取り上げるテーマの中でも、現在最も重要なもののひとつである低炭素都市を論じたのが本書である。
 都市人口を含めた人口の減少期を迎えて、日本の都市は大きく変化しようとしている。郊外開発、新都市建設、都市再開発、施設整備等、都市化時代に膨張する都市をより快適な空間とするために実施された様々な都市計画や都市開発は、都市人口が、増大から停滞、さらに減少へと向かおうとする今日、大きな転換期を迎えている。日本政府の予測でも、日本の人口はすでにピークを過ぎ、2030年には現在より1,250万人、2050年には2,500万人減少すると予想され、都市人口もこれに応じて、間もなくピークに達して減少に転ずるとされる。したがって、都市の拡張に対応した都市計画や都市開発から、都市の縮小を導く都市計画や都市整備が求められるようになる。編著者のひとりはこれを「逆都市化時代のまちづくり」と表現し、都市における自然の保全や回復、低密度都市空間の活用・維持・管理等が重要な課題になるととらえてきた。
 一方で、日本における人口減少社会が、ちょうど地球温暖化防止に向けた世界的な取り組みが強化される時期と重なったために、これからのまちづくりに低炭素都市の実現という新たな課題が生じた。低炭素都市とは、あらゆる都市活動に伴う温室効果ガスの排出量が現状よりも大幅に減少した都市であり、そこでは、エネルギーの供給と利用の両面において、現在と異なる考え方や方法が必要となる。すなわち、資源やエネルギーの大量消費は文明発展の象徴ではなくなり、化石燃料によるエネルギーではなく再生可能エネルギーの供給量を増やし、循環型社会の進展によって資源の浪費を防ぎ、社会活動のあらゆる機会で資源・エネルギーの消費を大幅に削減することが課題となる。もちろん、低炭素都市の実現には、まちづくりの様々な政策が大きな転換を遂げて、人々の生活の仕方だけではなく、まちの構成や基盤から移動の仕方に至るまで、低炭素都市の思想と実践が貫かれる必要がある。編著者のひとりは、環境行政の専門家として、低炭素都市の実現には環境行政と都市行政が一つになって市民とともに進むことが必要と考えてきた。
 本書はこのように、都市人口の減少と温室効果ガスの削減という日本が直面している二つの大きな課題に応えるべく、まとめられたものである。
 1章では、低炭素都市の意味とその基本的な方向を論じた。2章は、温室効果ガス削減のための国際的な枠組みと日本政府のスタンスについて、最新の動向を網羅しつつわかりやすく解説した。3章、4章、5章では、都市における低炭素社会に向けた取り組みを、それぞれ業務、運輸、家庭の切り口で捉え、基本となる考え方と最新の対応策について論じた。6章は、都市の広域的な協力、内外の協力によって低炭素化を図る道を論じた。7章では、低炭素化を都市の計画に盛り込む手法を取り上げた。8章は、国際的にみても最先端の政策を実施している東京都の低炭素都市政策を紹介した。
 そして、9章では、内外の事例を取り上げた。国内では、温室効果ガスの抑制に意欲的な試みを行っているとして環境モデル都市に選ばれた都市から、北九州市、富山市、梼原町、千代田区、さらに自然エネルギーを活用した事例として、太田市、葛巻村、新居浜市を紹介している。海外では、この分野で世界をリードしている感がある欧州諸国に焦点をあて、EU、さらにスウェーデン、英国、ドイツの事例を取り上げた。これらの事例を通して、低炭素都市に向けてすぐに取り組める施策、準備を要するが大きな効果を発揮できる施策がどのようなものかが見えてくる。
 本書は、地球環境問題と都市の行政専門家と研究者が、低炭素都市の実現という国際的な広がりをもつ地域的なテーマに応じて執筆したものである。日本の都市の在り方に方向転換を促す一石となれば幸いである。
  2010年1月
大西隆・小林光