コミュニティビジネス入門
地域市民の社会的事業

おわりに

 本書は、近年、社会的な注目が高まるコミュニティビジネスの基礎理念や実践手法を理解するための入門書として書かれていますが、その底流にあるものは、持続可能な社会の実現という本質的な命題です。地球環境問題は深刻さを増し、国内の経済状況も容易には改善されない現状ではありますが、その中で一筋の光を見出すことができるのは、本書で取り上げたような地域への愛や志から発する「地域市民の社会的事業」の潮流です。地方都市は、経済的には疲弊していますが、まだまだ豊かな自然環境が残り、地域を愛する人々が元気に頑張っています。大都市でも、巨大なオフィスビル群に囲まれながらも、江戸時代から続く老舗を守る後継者や人情味あふれる元気な商店街が残っています。
 「地域に生きる市民:地域市民」という存在が、まちの主役であり、地域再生に向けた最後の希望になることは間違いないことでしょう。持続可能な社会の基盤となるものは、その土地の自然や歴史であり、それを主体的に守ろうとする市民の存在です。かつては、産業も地域の歴史や文化、自然環境に深く結びついて発展してきました。地域の産業が地域の人々と共に育ち、地域で支えられてきた時代には、持続可能な社会という命題自体が不必要だったのです。かつて、日本経済を牽引してきた重厚長大型の産業は、国家的な経済成長をもたらしましたが、地域で生きる人々の「真の豊かさ」を実現するには至りませんでした。急激な近代化は、地域と共に生きてきた伝統芸能や職人技を消滅に追いやってきました。大都市への一極集中は、地方都市の人口減少や大都市の環境悪化を同時に進行させてきました。我々消費者も生活の利便性を追い求めるあまり、ものづくりへの敬意や日本の伝統的な生活文化を失ってきたのです。
 しかし、日本は、未だ、自然に恵まれた豊かな文化を持つ国であり、自然環境や社会経済の循環システムを再構築していくことにより、持続可能な社会を実現できる大きな可能性を持った国です。21世紀は、これまでの「大量生産」「大量消費」「大量破棄」のライフスタイルを変革し、「地域主体」「地域連携」を基にした「持続可能な社会」を実現しなければなりません。そのためには、企業や行政も変わらねばなりません。そして、市民も本気で変わらねばなりません。
 本書は、このような時代を背景に書かれました。本書の発端となったものは、こうした持続可能な社会を実現するために、コミュニティビジネスやワーカーズといった新たな働き方の社会的な意義や可能性を研究するための「コミュニティビジネス・パートナーシップ」という研究会の存在です。ここでは、コミュニティビジネスの研究者や実務者が、その専門領域を超えて、コミュニティビジネスやワーカーズの現状と課題について議論を進めていました。その後、2008年には、(財)生協総合研究所内に、「市民ファンド研究会」が設置され、研究所のご支援を受けながら、研究活動を継続できることになり、今回、それらの成果を踏まえながら、本書を取りまとめることができました。
 「市民ファンド研究会」では、コミュニティビジネスや社会的企業に関する講義を担当する教育者の視点や、コミュニティビジネスに携わる事業家やそれらを支援する専門家としての視点からの多元的な議論を繰り返してきました。特に、本研究会は、まちづくりや生協活動などの学際的な研究者、実践者が集う会であったため、これまで注目されることが少なかった地域づくりと協同組合の関係性やコミュニティビジネスとまちづくりの連携についても十分な議論を行いながら、本書を取りまとめることができました。
 本書は、まちづくり、社会的経済、協同組合、地域経営などの様々な学問領域や実務領域を超えたパートナーシップを目指した入門書であり、その目指すところは、本書をもとに、地域市民が実際に事業を創造し、すでに活躍している社会起業家とのパートナーシップを形成していくことにあります。そのためには、今後、本研究会を基盤にした中間支援機能を強化していく必要もあると考えています。
 本書が発刊準備を迎えた2009年9月は、「政権交代」という歴史的な出来事が起きた時期となりました。国民は、この閉塞化した日本社会の変革を新たな政権に託しました。2009年1月には、バラク・オバマ氏が第44代アメリカ合衆国大統領に就任し、「We can Change!」というメッセージが世界的に広がりました。まさに、市民と政治、市民と経済、市民と行政、市民と環境、様々なフィールドで「市民の市民による市民のための変革」が起きようとしているのです。
 本書は、こうした「市民の力」を地域づくりに活かしていくための入門書として企画されました。現在、日本の各地で、地域を愛し、地域の将来を築くために数多くの実践者が日々活動を続けています。本書では、このような地域発の様々な事例を盛り込むことができました。多忙な業務が続く中、快く取材に応じて頂きましたNPO法人や企業、自治体、関係機関の皆様に、この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。そして、今、このような「地域発」「市民発」の様々なチャレンジが地域に地殻変動を起こそうとしています。
 「コミュニティビジネス」という新たなビジネス領域や働き方は、持続可能な社会の構築や人間性の回復のための大きな原動力となるでしょう。これからは、地域課題に取り組み、地域再生の主体となる「地域市民」の存在がさらに重要な鍵となっていきます。本書が、こうしたコミュニティビジネス分野への参入の機会となり、持続可能な社会の構築に向けた研究や実践が進むことになれば、執筆者として、これ以上の喜びはありません。そして、本書が、21世紀の日本社会を担う社会起業家を目指す方々の羅針盤としての役割を持つ実践的な入門書となることを願っております。
 最後になりましたが、コミュニティビジネスという新たな分野に学際的な視点から取り組んだ本書を世に送り出す機会を頂きました学芸出版社、そして、本書の企画段階から様々なご尽力を頂きました編集部の前田裕資氏、最後の編集作業に多大なるご助力を頂きました中木保代氏に心から御礼の言葉を申し上げます。
2009年10月
著者を代表して
風見正三