米国の中心市街地再生
エリアを個性化するまちづくり

はじめに

 日本の地方都市が魅力的な中心市街地を取り戻すために、何を目指してどのような方法で市街地の姿を変えていけばよいのか。米国の地方都市ではわが国よりも早くに郊外化が始まり、半世紀以上前から中心市街地、すなわちダウンタウン衰退の問題に取り組んできた。確かに米国のダウンタウンがその全域において魅力を取り戻し再生しているとは言い難い。しかし、ダウンタウンの内部には人やビジネスが集まり活気や生活感を取り戻した「個性的なエリア」が次々に誕生している。これらエリアが集まって現在の米国ダウンタウンは元気を取り戻しているのである。本書はこうした個性的なエリアがどのようにして形成されたのかを論じたものである。
 個性的なエリアと言えば、例えばニューヨークのソーホー地区(第1章、写真1・1)が思い浮かぶ。かつては老朽化して使われない倉庫が集積しただけのエリアが、芸術家のコミュニティ形成がきっかけとなって、ギャラリーや店舗が集積する全米で最もファッショナブルな地区の一つとして再生した。同様に老朽化した倉庫街が個性的なエリアへと再生した事例は全米各地のダウンタウンに生まれている(表0・1)。各々はエリアの歴史や場所性を反映させて個性的な空間を形成している。個性的なエリアには観光集客の場だけではなく、古くから存在する住宅地がその環境を保全的に整備して質の高い住宅街に再生したエリアや大規模工場跡地を集合住宅地として再生したエリアなど、居住者のつくるエリアもある。
 本書の前半では、このような個性的なエリアの動向を実証的に明らかにしている。本書の後半では三つのエリアについて、面的に荒廃した領域が個性的なエリアへと再生していくプロセスと、その再生に取り組んだ自治体や地元組織などの取り組みを詳細に論じている。どのようにしてエリアの個性化へとアプローチしたのか、全体像を明らかにすることが、ここでの主題である。
 本書では、複数都市の現地調査に基づいて個性的なエリアの実態を明らかにしている。分析対象都市には米国の「スノーベルト地帯の都市群(Snowbelt Cities)」を取り上げている(図0・1)。地域的に限定することによって、都市盛衰の経緯や歴史地理的特性が比較的類似する都市の比較分析を試みる。米国の都市は東海岸から内陸部、西部へと開拓していった歴史がある。スノーベルト地帯は米国の都市化の中でも最も古い歴史を有する地域と特徴づけられる。20世紀前半の郊外化以前にすでに拠点都市として大きく成長していた都市が密集する。自動車の発生以前に成立していた古い都市であるがゆえに、郊外化が都心にもたらした影響は深刻なものであった。そこからの奇跡的な再生を遂げた経験は大変興味深く、学ぶべきところがある。こうした理由からスノーベルト地帯の都市を取り上げる。
 本書の構成は次の通りである。まず第1章では個性的なエリアの形成とダウンタウン再生のための各種取り組みの関係について明らかにする。続く第2章では六つの拠点都市のダウンタウンを対象に個性的なエリアの形成動向とその背景に迫る。
 本書の後半では、個性的なエリアの形成に長期間取り組んできた三つの街づくり組織の活動を検証する。第3章では、ミネソタ州セントポール市ロウアータウン地区を題材に、見捨てられた倉庫街を個性的なエリア(アーバンビレッジ)に再生した街づくり会社の取り組みの要点を考察する。第4章では、ウィスコンシン州ミルウォーキー市サードワード地区を題材に、地元主導色の強い取り組みが個性的なエリアの形成にどのように寄与したのかを考察する。第5章では、オハイオ州クリーブランド市ユークリッド・ゲートウェイ地区を題材に、市の長期戦略と地元街づくり組織の事業化支援の方法を検証し、エリアを個性化する要点を考察する。以上を踏まえて終章では、個性的なエリアをつくる計画と街づくり組織の抱える課題を整理し、わが国の中心市街地に対して提言を試みる。
 日本の地方都市における中心市街地は、本来その都市のアイデンティティを体現する場所であったはずが、米国同様に空洞化が進み、今ではその多くが個性を失い、魅力の見えない場所となってしまった。本書では、個性的なエリアの分析を通じて、個性的で魅力的なエリアを育てることが、魅力的な中心市街地の再生につながるのではないかという点を改めて問題提起してみたい。