地場産業+デザイン


あとがき

デザイン都市神戸の試み
 2008年に行われた神戸商工会議所主催による「デザインルネッサンス神戸」プロジェクトの商品開発アドバイザーを依頼されました。菓子、真珠、コーヒー、家具、マッチ、家庭用エレベーターなど、業種の異なる企業の参加です。神戸といえば、横浜と並んでいち早く日本の幕開けに港を開き、文明開化を謳歌した街です。特に外国からの人や貨物の玄関となりました。今回の参加メーカーも中小企業とはいえ、当時からの流れを受け継ぐ企業が多くありました。
 港が開かれたことにより、日本特産の真珠、外国から伝わったコーヒーやマッチ産業の伝統、そして新技術や新しい地場産業の土壌が確立していきました。以来、百数十年、時代が船から航空機に変わり、人びとの暮らし方も変化していきます。
 参加企業のなかにマッチ業者がいました。現在ではなかなか使う機会が少なくなるなか、有名な神戸菓子の業界に目を向けて、誕生日ケーキのローソクを灯す時に使うマッチをテーマに、〈バースデーマッチ〉の製品化にこぎ付けたのです。短い軸と違い、もう少し軸の長いマッチなら、7本くらいのローソクを1本のマッチでまかなえます。また、軸の長いマッチでケーキの上のローソクを灯すのは、見ていてもエレガントで夢がある。
 試作のコーヒー羊羹をチョコレートでくるんだ菓子も好評でした。その他、高級ブランドを目指した真珠のメーカーや、アルミニウムと透明ボディで中のようすが確認ができるホームエレベーターなど、持ち前の技術に、デザインの力を少し加えるだけで、みるみる経営者達の表情が変わり、前向きにやる気を起こすのを目の前にして、地場産業の未来にデザインは欠かせないものとして定着することを確信したものです。
 今回、ユネスコのデザイン都市に指定されたKOBEが、新しく日本の未来の都市のシミュレーションとして、アジアや世界のKOBEに変わってゆくだろうという手ごたえを感じました。それには、それらを支える生活の質の向上と、業界のよりグローバルな意識が重要です。
 早足で前進するアジアの国々。IT化で進むグローバル化のなかで日本の中小企業のアイデンティティと、近未来の方向を考える必要に迫られています。質の高い日常の暮らし、教育、若者や高齢者の現実から、未来への目標など、自然と文化の豊かな国のこれからと、地場産業の未来は一つにつながっています。そのなかでデザインの役割も次なる生活文化、経済産業の資源として重要なのです。

高品質化と量産化の両立が求められる時代
 地場産業のこれからを支えるためには、すべてが手づくりであった頃の魂を残して、高品質化と量産化の研究が必要です。ファッション業界では服や靴、鞄、家具など、世界の高級ショップに並ぶイタリアや、フランスなどのブランド製品は、ものづくりの魂を残して、質を落とさず生産性は工夫してシステム化している場合がほとんどです。吟味された素材、そして吟味された色彩、研究された生産システムと、全体を取りまとめるデザイン、そして高品位と高い感性でまとめられたカタログイメージや写真、それらが一体となって、質の高いブランド商品が生まれる。そこには以前あったような、効率の悪い手づくり製品が支配している姿は影を潜めています。高品質な付加価値の高いブランド製品を大量生産する。世界中のディストリビューターや、高級ショップに絶え間なく発送し続けないとやっていけない状況で、それらのブランド製品は世界各地に届けられているのです。ハイセンスで高品位な製品イメージ写真は、世界中のメディアや店頭でユーザーの目に触れます。そして実際に製品を手に取ったユーザーは、その品質の高いことに満足するのです。しなやかになめした革、奥の深い色彩、隅々にまで行き届いた縫製や金具や部品とのジョイント部分等々。満足して長く使えるブランド製品は、こうして大量生産され、世界に届けられています。従来のようにすべて手づくりがいい、といった考え方は当の昔に卒業してしまったのです。
 手づくり作業での高い品質と、感性、職人芸に支えられたそれぞれのテーマでの日本の伝統産業は、今危機的な状況にあります。手づくりだから良い、というだけでは、世界マーケットにおいては通用しなくなっています。しかしその手づくり職人の魂の部分は残して、新しいテクノロジーや機械の力を借り、職人の心で高品質なものの大量生産が行われていくのは、次なる日本の地場産業の姿でもあるのです。既に産地ではそういった方向で高品質、ハイセンスなものを生み出す試みが始められて成功しているところもあります。そしてそれらは、確実に付加価値の高い製品として、国内外のマーケットに届けられ始めています。今ここで大切なことは、何が本物で何がそうでないのか、何が良くて何がそうでないのか、といったことや、製品それぞれがハイセンスで高品質であるという基準なのです。この基準は、マーケットにおける人びとの鋭い目や、感性が支えることになります。必要なのは、その製品を生み出すオーナー達や、スタッフ達のモチベーションの高さでもあるのです。

小さくても自立した企業こそが育つ
 以前、日本の多くの産地では行政の補助金に頼った時代がありました。しかし、ある産地では、補助金が出れば出るほど、その産地が衰退した状況に出くわしたことがあります。小さな企業であっても自分達の未来を支えるものづくりは自分達がお金を出して、努力をして、生み出すという考え方が必要です。補助金は発表会の場づくりや、インフラにおいては必要な場合もあります。しかし、大切な自分のオリジナル製品を作るのに、補助金を使ってしまうと、未来が見えてこなくなる場合が多いのです。
 イタリアの中小企業のブランドづくりを目の辺りにすることが多くありました。彼らはいつもたくましく、家族総出で自分達のものづくりと、世界マーケットにそれを届けるということを展開してきました。あまり補助金を当てにすることは聞きませんでした。勇気を持って、世界市場に本当の自分のオリジナル製品を届けることが、どれほど大切か、その当時思い知らされたのです。デザイナーは、そういった企業からデザインの仕事を頼まれる時、彼らの実情をよく理解し、無理のない方法で、彼らと力を合わせて、世界にないものを創作する必要があります。機能性や安全性、経済性、そしてエコロジーといった大きな要素に、どう全体のバランスを持たせるのかということが、ものづくりには大変重要なのです。
 この本をまとめるにあたって、甚大な協力をいただいた地域産業に関わる皆様、そして素晴らしい撮影をしてくださった友人のカメラマン達に心よりお礼申し上げます。千年を超える長い伝統の力、そして日本という豊かな自然から育まれたかけがえのない地場産業の数々が、これからも未来へ育まれていくことを願っています。