〔都市科学叢書〕
コンパクトシティ再考
理論的検証から都市像の探求へ

まえがき
 「コンパクトシティ」という言葉がよく聞かれるようになった。政府や自治体もコンパクトシティに向けて大きく舵を切ろうとしており、盛んに政策上の議論が行われている。
 しかしその一方で、描かれているコンパクトシティ像はあまりに多様で、共通の理解がないように思われる。また、理念や原則といったものが軽視されているか、少なくともあまり考慮されていないように感じられる。原理原則にとらわれすぎるのもいかがかと思われるが、実際、基本に立ち戻って考えてみると、コンパクトシティに期待される諸側面には、相互に補完やトレードオフ関係にありそうなものがある。そういったことが意識されない状況の下で、コンパクトシティを目指すと称されている諸政策は、果たして成果を挙げていくことができるのだろうか?
 そもそも、「コンパクト」とはどういうことだろうか? 英語の“compact”の語源は、ラテン語のcom(=いっしょに)とpangere(=締める)であるとされる(The Oxford English Dictionaryより)。「いっしょに」ということは、様々なものが有機的に連関している状態を想起させるし、「締める」ということからは稠密な集合をイメージすることができる。また、代表的国語辞典の1つ『広辞苑』によれば、「コンパクト」とは、「小さくて、中身の充実しているさま」とある(最新刊には何と、「コンパクトシティ」の項目もあり、「都市の規模を小さくし、地域社会の再生や住みやすいまちづくりを目指す考え方」と解説されている)。まとめれば、「稠密で中身の充実していること」ということにでもなるだろうか。
 さらに、現代において「コンパクトシティ」の究極的な目的は、「無駄がなく効率的」でありながら、同時に「持続可能な」都市像とされているようである。今や、人類のメジャーパートの居住区となった都市は、そのようなものとして構築、または再構築されて行かなければならないことは論を俟たないだろう。しかし、これをちゃんと定式化するのは、そう簡単なことではなさそうである。
 以上を踏まえて、本書は、そもそもの理念・原則論に立ち戻って、システム思考をベースに、コンパクトな都市形態とは何か? を論じつつ、交通、省エネルギー、防災、市町村合併など具体的な実践の場面において、コンパクトシティのコンセプトはどのように具体化されるのか? そしてそれは有効か? また有効にするには何がポイントか? といったことを示していこうと思う。そして最後に、トータルなコンパクトシティ像を示したい。
 ところで、「コンパクトシティ」について、わが国においていち早く注目したのは奥平耕造である。彼自身が共訳者となっている1974年に刊行された『コンパクト・シティ』(ダンツィク&サアティ、日科技連、翻訳者:奥平耕造・野口悠紀夫)は、まさにこの議論の「元祖」と言える。実は、本書の執筆メンバーの多くは、この奥平先生の系統を引くメンバーとその関連の研究者達なのである。「元祖」から30余年を経て、このコンセプトを新しい目で見直してみたいと思う。「都市解析」とか「OR(オペレーションズ・リサーチ)」といった分野、あるいはそれをさらに応用する分野の研究者達が、システム思考を都市現象に適用し空間の論理を計量的に扱う手法を駆使しながら、様々な考究を繰り広げている。各章の紹介は、1章3節を参照して頂きたいが、移動距離を中心にした理論と実証、エネルギー利用の効率化、交通の円滑化、そして防災まちづくりや行政区域の再編成の問題にまで及んでいる。
 「コンパクトシティ」について、その計画やプロセスを網羅的に示す著作はすでに何冊か存在する。それに対し、本書では、その計画やプロセスへの「作業仮説」とでも言うべきものを、より論理的に、具体的に考えてみよう、というスタンスに拠っている。「こうやってまちづくりをしましょう」というマニュアル的な内容ではなく、「このように考えてみてはどうでしょう」というのが本書の基本的姿勢である。読者の皆様には、そのことを念頭において読み進めて頂ければ幸いである。

2008年9月
玉川英則