まち歩きガイド東京+


はじめに

 都市の再生が進み、話題性のある新しい街が次々に出現して大勢の人々が出かけている。また、対照的に昔ながらの風情がある下町や路地、界隈などを歩く人が増えている。人々は、なぜ街に出て歩いているのだろうか。それは、単に用件を済ませるためだけでなく、それ以上の魅力を求めているからであろう。
 街に関するガイドブックや専門書はたくさんあるが、街の魅力を見つけるための方法は意外に知られていない。何が街の魅力を創っているのかについても、同様である。そこで、まち歩きを楽しみながら、街の魅力について考えてみることにしたい。

(1) まち歩きのすすめ
■街は歩いてみないとわからない
 街にはいろいろな要素が関係し合っており、空間だけでなくそこでなされる活動や発信される情報も大切である。また、街は完成することなく、つねに変化している。したがって、机上で文章や数字や図面だけ見ていても、街の魅力はわからない。街を実際に歩き、五感で街を感じることで、本当の街の魅力が見えてくる。さらに、専門的知識を交えて歩いたり、街の人と交流したりすることで、もっと奥の深い魅力に出会うこともできる。多くの人たちが長い間かけて創ってきた街こそ、味わい深いのである。街を歩いて、街の魅力を見つけてみよう。

■街の魅力は、機能だけではない
 今までの街の評価は、主に土地利用や交通、防災、居住などの機能に着目し、まちづくりの手法も、機能面の改善を主眼としてきた。しかし、魅力的な街としては機能だけでは不十分で、空間のアメニティや高質なデザイン、長い間に培われた地形や歴史の文脈、人々が集い賑わうアクティビティ、かけがえのない地域独自の個性、異なる要素が共存する多様性、つねに時代の風に敏感な変化、などが求められるであろう。人々が魅力を感じる街を創り出し、都市生活を楽しむことにより、持続的な都市再生が実現できるのである。

■自分たちの街を知り、将来像を描く
 従来からの主に機能を改善する都市整備と比べ、これからの魅力を向上させるまちづくりのためには、全国一律でなく地域独自の視点で、ハードのみでなくソフトも含め、多様な可能性の中から一つの解を選び取らねばならない。住民をはじめ街に関わる人々が、自分たちの街を知り、その将来像を描いて共有し、広く合意形成し、その実現に向けて協力・連帯することが不可欠である。それによってこそ、明確な個性を持った街を、自分たちで誇りを持って守り育てる「まちづくりの担い手」が形成されるであろう。

■まち歩きから始めるまちづくり
 まち歩きは、誰でもすぐにできる。マップ片手に気ままにまち歩きを楽しむだけでも、意外な発見があって面白い。専門家と一緒に歩くならば、街の成り立ちや変化する仕組みなど専門的知識を交えて学ぶことで、都市の読み解き方を体得することができる。一方で、街の主役はそこに住む人であり、地域の人たちが一緒に街を歩くことにより、自分の街を知り、考える意識が芽生えるだろう。さらには、街の魅力や課題を参加者で議論してまとめるワークショップなどを開催すれば、まち歩きの成果をまちづくりにつなげていくこともできる。ぜひとも街を歩き、街を見る眼を磨き、街の人たちと交流しよう。

(2) 本書の成り立ち
■TEKU・TEKUの活動について
 まち歩き活動体TEKU・TEKU(てくてく)では、「まち歩きを楽しみながら、まちづくりを考える」をモットーに、東京・関西をはじめ全国各地の街を訪ね、歩き、語りあう活動を続けている。歩いた街を参加者が必ず評価し、それを集計・分析することにより、実感にもとづき、どのような街が魅力的なのかを探ってきた。参加者は、専門家と一般人、老若男女、子ども連れも含み多彩である。1990年以来、ほぼ月1回のペースで活動し、2006年までの16年間で、約200の街を歩いて評価した。
 すると、まち歩きの回を重ね、評価結果が積み上がるにつれ、街の魅力が従来の定説では割り切れず、奥深いことに気がついてきた。1999年には、それまで歩いた100の街を対象に総括的評価を試み、独自の視点から街の魅力を分析した。2000年以降は、まちづくりへの回路を求めて、街の魅力を分析する「てくてく自由研究」、各地の活動を支援する「まちづくり企画」、地元住民による「私たちの街を歩こう!」を3本柱にしたが、2006年からは、より実践的に、各地のまちづくりの現場を訪ねて交流する活動、まち歩きガイドなどの形で成果を世に出す活動、若手専門家のための基礎講座を兼ねた活動などに取り組んでいる。

■本書の構成について
 本書は、こうしたTEKU・TEKUのまち歩き活動から得られた知見をもとに、メンバー有志で執筆したものであり、東京のまち歩きガイドブックであるとともに、都市の魅力を再考するためのハンドブックをも目指している。
 序章では、「まち歩き入門」として、街の魅力を見つけるためには、どのように街を歩き、何を見たらよいのか、どのような街を歩くといいのかを紹介する。その際、「ラビリンスの街」「歴史的な街並み」「界隈性のある街」「計画された街」の4類型をキイワードとしている。
 続く第T部「魅力的な街を歩いてみよう」では、東京都内近郊から、特に魅力的と考える街を上記の4類型から4つずつ、計16地区を採り上げて案内する。冒頭で街全体の地図にルートとポイントを示し、実際に街を歩くときのように、地図に示したルートに沿って建物や場所をめぐり、写真とコメントで説明している。また、街を理解する上で役立つと思われるトピックについては、コラムで紹介する。そして、歩き終わって街の魅力を振り返り、まとめている。
 第U部「街の魅力とは」では、実際に街を歩いた成果を踏まえ、魅力の要因と魅力づくりの方法を堀り下げる。まず第1章では「街の魅力はどこからくるのか」に着目し、第T部で16の街を歩いてわかったことをもとに、街の魅力を構成する要素を取り出して整理し、分析する。すなわち、機能、形態、構造、環境、個性、多様性、変化といった要素が、どのように街の魅力につながっているのかを体系的に明らかにする。そして、魅力づくりの方法を探る。これを受けて第2章では、「街を魅力的にするための計画論」に展開し、従来とは異なる新たな視点が必要であるとして、「変化することを前提に」「計画だけでは限界」「多様性と奥行きを目指す」という観点から検討する。さらには、街の魅力づくりにとって、「人」の役割が非常に重要であることに着眼する。
 このように見てくると、まちづくりに当たり、街の人たちが自分たちの街の魅力を発見するために、まち歩き活動が有効であることが示唆される。そこで第3章は「まち歩きからまちづくりへ」と題して、新たなまちづくりの担い手への期待を込めて、今後の方向を提言したい。

(3) 街の人たちへの感謝をこめて
 本書を手にとって読んでいただけたならば、ぜひとも実際に街を歩いて魅力を体験していただきたい。本書の地図に沿って歩けば、主要なポイントを回ることができ、その街の魅力のエッセンスを味わうことができるだろう。また、仲間を集めて街を歩き、評価してみれば、自分一人では気がつかなかった街の魅力を見つけることもできるだろう。
 なお、街を歩く際には、交通安全に十分注意するとともに、街の人たちの暮らしへの配慮も忘れないでほしい。街の魅力は、その街で働いたり住んだりしている地元の人たちが、今日まで愛着を持って育ててきた賜物である。街を歩く際には、迷惑にならないように心がけるだけでなく、地元の人たちに感謝し、「歩かせていただく」という謙虚な気持ちで臨みたいものである。
 では、これから一緒に、街の魅力探しを始めよう。