地域と大学の共創まちづくり


まえがき

 ひとつの時代が終わろうとし、新生と破局が入り混じる現代は、まさにエポック(転換期)と言えよう。グローバルな視点からも大きな転換期のただ中にある今、この変化を創造的に生きようとする私たちは、新たな社会の将来像を自らの手で創造・共有し、それらを実現する方策を考え、実現していくことが求められている。国立大学の法人化もこの転換期ゆえであり、大学のパラダイム転換も希求されている。新世紀を迎え8年、国内外での大きな社会変化のうねりとの連動も透かし見ることができる。世界の諸都市・諸大学において進められている‘大学と都市・地域の共創’もその1つである。知の拠点・大学には20世紀型の教育・研究を背景とした大学像と体制の大改造と、都市・地域社会との新しい連携、そしてパートナーシップの再構築を成し遂げるという新たな使命が課せられている。

大学の課題と都市の課題
 日本のいわゆる‘失われた10年’で大学が得たものは「都市・地域回帰」と「再生」である。70〜80年代に都市から脱出した大学が、新しい大学像とともに都市に戻り、大学像とキャンパスの再生が進められてきた背景には、タウン(都市・地域)とガウン(大学)の共創に対する根源的な問いが横たわっている。
 全ての大学には、創設時期・建学の精神・立地する地域などによって固有の学風と文化があり、その特徴を支え育んできたキャンパスがある。大学は都市に生まれ、都市とともに変容を遂げてきたが、ガウン(学問・教育)の自立性と純粋性を希求するがゆえにタウンとガウンの分離が主張されることもあった。しかし、都市・地域社会と相補的な連携があって始めて大学も生きつづけてゆくことが可能であり、都市への回帰は、大学本来の魅力の本質を再認識した結果である。
 都市・地域においても、地域の文化を支えていた伝統的な中心市街地や地場産業が衰退の一途をたどり、まち全体が経済文化的な魅力と活力を失っている。また疲弊・破壊された環境の再生や、崩壊しつつある地域社会の共同体(コミュニティ)の再生も重要な地域再生の目標として認識されている。このような社会経済状況のなかで、都市や地域社会が大学に期待する役割が多様化してきている。
 このような都市と大学を取り巻く社会・環境状況の変化を受けて、都市・地域と大学が共に生き延び、新たな関係を創り出すため、都市・地域連携の創造的で今日的な再構築が模索されつつある。都市・地域社会から遊離していた、‘塀の中の別世界’という状況からの脱出と新たな連携の構築と都市・地域の再生の新たな担い手としての大学自身の「再生」へのチャレンジが始まっている。

地方都市と大学
 地方都市では、その地域が保有する多様な社会資本を活かして、いかにして固有の魅力や個性、そして地域力を再生するかが課題となっている。地方の大学は、豊かな緑やオープンスペースを有する環境としてのキャンパスの存在と、そのなかで繰り広げられる国際的な教育・研究活動のほか、住民としての学生・教職員の人財・知財・資財などを内包する大切な地域資源である。医学部や看護・福祉学部などによる、医療や福祉に関する知と人材、サービスは、地方都市にとって計り知れない貢献となる。
 塀やフェンスでキャンパスを囲って地域から孤立し、大学内の教育研究活動も閉鎖的で、まるで租界のような大学キャンパスであってはならない。地域社会と積極的な結びつきをつくり出し、地域市民と共生する新たな価値ある空間として再生する‘コミュニティ・キャンパス’化が地方の都市と大学で試みられている。
 これまで、都市と大学の接点は、図書館や運動施設などの地域開放に限定されていたが、社会人の受入れや公開講座などから始まり、大学は高等教育・研究のための場所であると同時に、地域住民の都市生活を支える基盤的環境となりつつある。地域住民へ開かれた生涯学習の場の提供からさらに進展し、地域共同研究開発センター、地域連携推進室、TLO(技術移転機関)など、連携を推進する専門の組織や窓口を設けて、地元自治体や産業界との協働を積極的に推し進める大学が増えてきている。加えて、近年「地域経済の活性化」「環境の保全・再生」、中心市街地、住宅団地、農村などにおける「空間や機能の再生」などをテーマとした大学のサテライト活動や地域貢献は、インターンシップなどの教育効果とも結びつきながら、全国各地の自治体で展開されつつある。このサテライト活動が進化し、地域の多様なステークホルダーとの連携により新たなソーシャルキャピタル(社会的資産)としての地域プラットフォームが生まれ、都市・地域力再生の第3の担い手・エンジンとなりつつある。

大都市と大学
 大都市においても大学と自治体との積極的な連携が進んでいる。単一の大学と自治体との連携・提携・協定などによって、大学の知財、人財を活用して、地域産業振興、地域文化の育成・展開、地域リーダーの育成、まちづくりなど、広範囲な地域連携が行われている。
 また大都市に立地する大規模な総合大学が、新産業のインキュベーションやベンチャー支援を目的として先端的な研究開発施設や新キャンパスを地方都市に新設し、大学施設そのものにより都市開発や地域振興を牽引するとともに、地域再生を推進するための国際人の育成を目的とした国際的交流・連携、グローバルな拠点形成を進めつつある。

転換期に求められることは
 ひとつの時代が終わろうとする現代はまさにエポック(転換期)であり、転換期では、社会の変動を予測して、多少先手を打って対応を考えるだけではなく、「望ましい社会や時代の変化を創り出していく」ことが必要であり、そのためには、現実への対応能力や予測能力を超えた、別のものが必要となる。それはビジョンである。ビジョンは、「Something which is apparently seen otherwise than by ordinary sight」とある。普通には見えないものが見えていること。「こうなりそう」ではなく、「こうしたい」「こうなってほしい」というビジョンは、現実を延長してもその線上には見えてこない。
 筆者らは、日本建築学会キャンパス計画小委員会の成果を背景としつつ、都市・地域と大学との創造的な連携に行動的な実践者による「地域・大学連携まちづくり研究会」を発足させ、我が国および世界各地の都市・地域と大学の連携の実態とそのビジョンに触れる機会を得た。そこで強く感じたことは、「大学は、社会に出てからさまざまな問題に取り組み、効果的に変えていくための‘観・論・術’を身につけさせるチェンジ・エージェント(地域再生の創造的な第3の担い手・組織)熟成の場であるべき」という大学・地域両者の思いと「改革を進める大学と地域の創造的な連携が再生の多様な‘変化’を創りだす力」となっていることである。それらは、@「変えたい!」という熱い気持ち、A「何をどう変えればもっとも効果的か」の理解、B知財・人財を活用して実際に変化を創りだし、変化のプロセスを持続する力である。都市・地域と大学との共創的な連携が展開し、深化することによって、本来あるべき都市・地域の知の拠点としての大学が再度創られてゆく実態を把握することができた。
 都市・地域のソーシャルキャピタルの創出とテーマ豊かな都市と個性あるクオリティー・オブ・ライフ(生活の質)は、「都市と大学の共創によるエリア・マネジメント」の成果であることを確信する。

2008年10月 小林英嗣・倉田直道