地域イメージを活かす
★タイトル


本書の目的

  1980年代あたりから、一般的に「景観」という言葉への理解が進み、まち並みや建築物、土木構造物のデザインに関心をもつ人が増えてきた。21世紀にはいって、ゆとりや、やすらぎのある生活の創出が時代のテーマとなり、自分たちの住む地域の美しさや快適さを見直す動きも本格化した。景観形成という分野は、今や住民、行政、事業者、専門家が一緒になって継続的に取り組むテーマである。
  しかし、異なる分野、立場の人たちが共同して業務推進していくには、まだまだ共通理解の進まない面も残されている。そこで色彩の面で、計画に携わる関係者が広く共通に話し合う叩き台を提示したいと考え、方法論の整理を行なったのが本書である。

景観色彩計画の4つの特性を満たす

  快く美しい景観色彩計画を行なうためには、
   @エコロジカル(生態学的)
   Aサイコロジカル(心理的)
   Bヒストリカル(歴史的)
   Cエコノミカル(経済的)
  の4項目を満たしていることが必要である。
  エコロジカルとは、地域固有の自然環境・風土に則っており、自然の摂理に従っているということである。そのため、無理することなく長い期間保全しやすいメリットが生まれてくる。
  サイコロジカルとは、そこに住む人々に心地よさや、安らぎ・落ち着きをもたらし、訪れる人にも好印象を与えることである。自然の景観や伝統的景観を保全するという考え方はかなり広く定着してきた。そこに住む人々や訪れる人々にとって心理的満足感や誇りとなるような景観計画も重要度が増している。
  ヒストリカルとは、伝統的・慣習的に守ってきたものに着目する視点である。近年は古い建物や構造物をそのまま残すだけでなく、伝統・風習でつちかった暮らし方を含めて景観と考え、保全していくという方向に発展してきている。
  さらにエコノミカルということも考えながら計画を進めていく必要が高まっている。景観そのものが財産だと考えたり、集客の経済効果という考え方もその一面である。また、つくる際に無理なくバランス良く、コストパフォーマンスに優れた計画を目指すのはもちろんのこと、美しい景観を保つには、清掃や修繕などの保全のための人員もコストも必要になる。
  でき上がったときが最高ということではなく、年月を経てもよい状態を保ち、使いこんでさらに良くしていく。使用者や管理者の手間やコストについても検討しておかなければならない。そのためには「景観」は個人の所有物であってもパブリックな存在であるという考え方を取り入れ、保全のためにみんなでコスト負担するという考え方をしていかなければならない。共同住宅にみられる、長期修繕計画と同様の考え方といえばいいだろうか。

魅力ある風土性を発見する
  どの地域にも魅力ある風土性がある。謙遜しているのだろうか、何もないところだと聞くこともしばしばである。地元の人にとっては、見慣れていて気づかずに過ごしてしまっているところも多いのではないかと推測される。景観色彩計画はその地域性の発見から始まる。もしも特色がなくて困っているという方がいらしたら、この本のなかに解決の方法論、あるいはヒントを見つけることができるであろう。
  また、多くの人々が関わるとまとまりにくいという意見もあるが、一見、多種多様に感じられる意見にも共通性を見出すことができる。そのような多数意見のまとめ方も提示している。

当事者と他者の視点を活かす

  景観を保全していくためには、その地域に住んでいる人々が共感する独自性(アイデンティティー)の認識が不可欠である。
  景観とは風土イメージと文化・歴史が集積したものである。気候や土地の特性に合わせた生活、そしてその生活の歴史
が集約されたものが、その地域の景観なのである。共感を得る景観の継続のためには地域住民の嗜好特性や地域に寄せる思いをきちんと把握し、活かしていくことが重要である。
  他方で、来訪者を満足させる景観づくりのためには地域の魅力の本質を把握することが必要である。これには第三者の視点の活用が欠かせない。景観の色彩は、他の地域と比較してみるとその独自性を発見しやすいという特性をもっている。第三者のほうが地域の独自性や魅力を理解していることも多い。

具体化への方法論を習得する

  色彩ガイドラインの策定の方法や具体的物件の色彩計画など幅広い事例を紹介した。景観に関わる様々な立場、分野の人々が気軽にコミュニケーションできるような資料となるように心がけた。
  また、景観の業務に携わる方には、配色テクニックという能力を身に付けその腕を磨いてもらいたい。景観を形成している全ての物の色を使いこなしてほしいからである。

総合的視点で計画を構想する

  景観デザインはこれまで、建築、ストリートファニチュア、植栽などに細分化され、バラバラに計画されてきた傾向があるが、総合的なプランニングが求められてきている。そのような動きに対応し、関連させて計画できる手法を提示した。
  色彩はどの分野にも関わりがあり、異なる分野をつなぐ要素として活用できる。

■本書の活用法

  本書は、景観の色彩を考える際に活用できる様々なアプローチ方法を網羅しているが、時間や費用の制約の中で計画しなければならない現状があろう。そのような場合は、それぞれの章をかいつまんでみていただくのが良い。以下のように目的別に構成しているので、参考にしてほしい。

基礎的色彩知識を知りたい方

⇒まず6章の手法解説へ……色彩の基礎知識としてのカラーシステムの解説を行なった。基本の用語の理解に役立つ。色彩の調査ツール類の紹介も行なっている。
⇒色のイメージ効果を知りたい方は2章p.38「カラーイメージスケール」の項へ。
⇒色の取り扱いを知りたい方は、5章p.124の配色テクニックを参考にして欲しい。簡単なテクニックで効果をあげるポイントがつかめる。

地域の個性を発見したい方

⇒2章の地域性の発見法へ……地域の色やイメージの特性を活かした景観計画の実施は、地域のコミュニケーションを活発にし、地域の活性化にもつながりやすい。ヨーロッパ諸国のように色の使い方の明らかな差異は見られないが、微差を求めるのが日本の伝統文化である。風土の観察により地域差を見出すヒントをあげた。また、現地調査や住民などへのアンケート手法と実施のポイントも示している。

市民参加を成功させたい方

⇒2章の「ワークショップの勧め」へ……ワークショップの事例を紹介し、そこに住む主人公たる地域の人々の意見を取りまとめる方法を提示した。言葉にしにくいデザインや色について、楽しみながらまとめていく方法論を提案している。現地での意見を、その後の景観検討や地域ルール作成の参考資料にできるようにまとめておきたい。

色彩ガイドラインをつくりたい方

⇒3章へ……色彩ガイドライン作成のポイント、最低限共通で意識しておきたい留意点をまとめている。数値規制の表示の方法論だけではなく、推奨案の背景について理解し、共通認識をもってもらうことの大切さを述べている。

具体的物件をおもちの事業関係者

⇒まずは4章へ……地域の景観に大きな影響を与える大型建造物などのカラープランニングの計画方法・手順を、具体的事例を参考にしながら解説している。共同住宅の外装リフォームのように多くの人の意見を取りまとめなければならない計画など、個人でも活用できるような方法論も参考例として取り上げた。様々な大型建造物を計画する事業者の方は、景観に配慮する協議を地元住民とともに進めれば、既にそのときから地域に溶け込みやすくなり、本業にも有益な効果をもたらすという考え方を取り入れていただくのも良いのではなかろうか。
⇒その後3章へ……ガイドラインを理解する一助になる。規制の数値を読み解くだけでなく、地域地域で重視していることへの理解を深めるとよい。申請の際に必要な色彩計画のフローも提示する。
⇒まず、3章へ……ガイドライン的な考え方を知る。自分たちの地域に必要なルールを検討することから始めたい。
⇒2章へ……住んでいる地域の個性を見つけ出す方法を知るには、みんなでワークショップに取り組んでみて、考えるとよい。自分たちのまちの魅力の共通認識と、それを保つあるいは発展させる方法の検討に取り組みたいものである。
⇒まず、3章へ……継続型のガイドラインの考え方を共有する必要がある。また、景観資源(景観ストック)のアーカイブを作成し、遠くの地域の人たちも利用できる仕組みをつくり、意見を交換するネットワーク化などが進めば、第三者の意見も収集しやすくなる。情報交換しながら景観を創りあげていくのも楽しい作業であろう。
⇒景観アーカイブを作成するためには2章の「地域性の発見法」をヒントにし、あるいはp.42の景観イメージスケールを参考に索引をつけ、収集事例を整理するとよい。
⇒5章へ……空間全体そして時間も考慮してのデザインの構想方法を提言している。単体ではなく総合的な色彩計画のための方法論や、時間をかけて形成していくべき景観を語る。イメージ偏重の色彩計画を懸念する声に応えて、様々な素材の色彩研究をもとにした慣用色を活かすイメージプランニング手法を紹介する。さらに植栽や光まで、今後の景観づくりに欠かせない要素への視点もまとめた。
  色彩計画の評価についても、目的に相応しいかどうかというイメージ面での評価法、建設地点現地での具体的色票での調査法、さらに景観を目にした時の人々の気分に着目した、感性を数値化する評価法の提案などもあげた。
⇒ 脈々と続く形や素材に対する日本の感性の研究を行なってきた。その中から、景観デザインに取り入れたいエッセンスをp.142で紹介している。
  本書を活用できる機会は、まだ多くあることだろう。継続してメンテナンスを行なっていく必要があるのが景観である。生活と一緒で、常日頃のケアと、よりよくしようというアイディアも必要である。皆で快い美しい景観づくりを楽しみながら進めていく一助となればと願っている。