イギリスのガバナンス型まちづくり
社会的企業による都市再生

おわりに
 我々がまちづくり事業体に興味をもち現地調査を十数年続けてきたのは、イギリス田園都市の地域自主管理の思想に感銘を受け、その思想がまちづくり事業体に受け継がれ、現代社会で有効に活かされていることを確信したからである。

 レッチワース田園都市調査で訪英するたびに立ち寄るロンドンで、地域住民による都市再生事業が細々と始められていることを聞きつけ、訪れてみるようになった。ウェストウェイまちづくり事業体の現場を初めて訪れたのは1978年、コイン・ストリートまちづくり事業体の最初の調査は1989年であった。これらのまちづくり事業体を訪問した時は、創業期の苦しい時期であり、リーダー達は若く、彼らは社会的使命と事業の可能性を熱く語ってくれた。さらに1993年には、ロンドンの下町、タワー・ハムレッツ区のカレー・レストラン街として名高いブリック・レーンの、おそらくビール廃工場であろうか、その黒いドアに「環境トラスト」(The Environment Trust)という小さな名札を偶然見つけた。スラム地区に「環境」を標榜する事務所がなぜあるのかと興味を抱き、アポイントもなくドアをノックしたところ、快く応じてくれたのがハーツ氏であった。

 以来、ウェストウェイまちづくり事業体のマットランド氏、コイン・ストリートまちづくり事業体のタケット氏、ニコルソン氏、環境トラストのハーツ氏と代表のオールドントン氏とは長い付き合いとなった。まちづくり事業体を演出してきた彼らは、日本で言えば全共闘世代に近い。「平等、公平を求め、具体的にまちづくり事業を展開し、社会改革を実践してきた」のである。事業体立ち上げの初期から見守ってきた我々に、彼らはどんなに忙しくてもヒアリングに応じてくれ、イギリス人の義理堅さに感激したものである。

 こうしてまちづくり事業体の調査を進めていくうち、彼らのまちづくりの思想が田園都市の地域自主管理の思想と変わらないことに気づいた。つまり、歴史的につながった市民のまちづくりの思想であった。これをなんとか理論的に実証できないものかと悪戦苦闘した結果生まれたのが本書である。田園都市については本書では直接記述していないが、筆者らのこれまでの論文・著作で折にふれてテーマにしてきた。

 むしろ本書は、まちづくり事業体のもつ現代的な新しさを明らかにしたいという思いであった。「アセット・マネジメントを行う社会的企業」や「ガバナンス型まちづくり」といった概念を使うことで、これまでのイギリス都市計画を特徴づけてきたガバメント型都市計画とは異なる、都市再生の市民事業をなんとか説明できるようになったといえよう。しかし、我々が事例を調査しどのように説明、解釈すべきか考えているうちに、彼らの事業はさらに一歩前進し、理論化や説明が後を追っかけるという関係であった。

 そしてその間、疑問に思ったのが、「なぜイギリスの都市研究者は、まちづくり事業体の実績に関心をもたないのか」という点である。都市計画の関係者に問いただすとさまざまな答えが返ってきた。分野を限定し専門性を守る研究者と、幅広い生活要求にもとづきまちづくり事業を展開する実務家の体質のちがいのためであろう、自主的テーマには研究費がつかない、そもそも大学院での都市計画教育は王立都市計画家協会の資格取得を目的とし、反ガバメント型都市計画の議論は想定外などである。そして今にいたるも、代表的な都市計画教科書にまちづくり事業体の記述はなく、また、まちづくり事業体全体を考察した著作もない。

 そうしたなかで調査研究を進めるには、現場に足しげく通い、事実の把握に努めることしかなかった。当事者も日常業務に追われ、事業の経緯、成果をまとめた報告書は数少ない。限られたインタヴューの時間を粘って延ばしてもらうなど、本当に「よくぞ付きあってくれたものだ」と心から感謝したい。

 2004年夏にはまちづくり事業体協会のワイラー事務局長から、類似組織との連携の可能性、つまり「コミュニティ同盟」に関する報告書が出ると聞いた。全国的な関連団体の組織化が進み、まちづくり関連のボランタリー・セクターは、より強力な影響力ある地域ネットワークに育ったと判断した(第11章)。ガバナンス型まちづくりの定着である。

 この過程で2003年から2005年にかけ、分析したまちづくり事業体の事務局長、5名を日本に招き、各地で講演会を開き、さらにソウル市立開発研究院、ソウル大学環境大学院でも議論の輪を広げた。

 高齢化が進み、社会的格差や地域格差の広がる日本で、社会問題を地域再生とかかわらせて解決する社会的仕組み、ボランタリー・セクターの成長やそれを支援する政府、市場の役割など議論すべき課題は多い。我々に残された課題の多さを受け止め、それらの解決の糸口がかすかにみえ始めたことに希望を抱きつつ、本書を終えることにしたい。


 多忙ななかで快くインタヴューに応じ、現地調査につきあってくれたまちづくり事業体関係者の方々、プロジェクト地区の住民、レッチワース田園都市のスタッフに心より感謝の意を捧げたい。

 学芸出版社の前田裕資氏からは多くの助言と励ましを受け、積年の思いを出版にまでこぎつけてくださり、心から感謝いたします。編集に際し、岩崎健一郎氏に大変お世話になりました。

 また、本書は次のような研究助成の上に始めて可能であった。厚くお礼申しあげます。
 日本学術振興会科学研究費(基盤研究C、特別研究員奨励費)、グレイトブリテン・ササカワ財団、第一住宅建設協会、大林都市研究振興財団、ブリティッシュ・カウンシル、生協総合研究所。
 また東京電機大学からは学術研究出版助成を受けた。

 各章の執筆者は次のとおりである。
 西山康雄 :はじめに、第1章、第4章、第9章、第10章
 西山八重子:第2章、第5章、第8章、第11章、おわりに
 西山志保 :第2章、第3章、第6章、第7章