理解から実践へ

日本の交通バリアフリー

結び──そして次の5年に向けて

 2000年に交通バリアフリー法(旧法)が施行されて7年以上がたった。その間に、多くの市町村で移動円滑化基本構想が策定されている。旧法でいう1日あたりの平均的な利用者数が5,000人以上の駅(特定旅客施設)を持つ524市町村に対して、基本構想が策定された市町村は約200を超えた。基本構想の策定率が高いか低いかの意見は分かれるであろうが、少なくとも7年間で約200の市町村が交通バリアフリー法に基づく基本構想の作成に取り組んだのは紛れもない事実である。そして、現実の交通バリアフリー整備も進みつつある。その結果、交通バリアフリーに対する社会の認知は大いに進んだといえるだろう。また、エレベーターなどの工業製品もニーズに応じて工夫された製品ができてきている。
  ここでは、本書の結びとして、交通バリアフリー化の課題と紹介したグッドプラクティスから学ぶべきこと、今後の展望についてまとめた。

1 法整備から7年たって見えた課題
  交通バリアフリー法施行後、交通バリアフリー化が進んできている一方で、見えてきた問題点も多数ある。その主要なものを列挙しよう。
1)都市の空間が現在のままでは、抜本的解決が難しい状況が見えてきた
  高密度な土地利用が進み、かつ、自動車交通が欠かせない都市活動において、安全で確実な歩行空間が確保できないまちも散見される。しっかりした都市基盤が整備されていない都市では、安全・確実に移動できる経路が確保できず非常に苦しい展開となっている。
2)事業の着手が遅れている
  交通バリアフリー法、バリアフリー新法ともその基本方針で2010年までの整備を目標としている。今となってはもう目前である。基本構想の策定主体である市町村をはじめ、公共事業の予算、交通事業者の予算にも限りがあり、その進捗は思うようにはかどっていない。極端な例では、基本構想は作ったものの、特定事業に着手もできないケースがある。また、行政担当者の意識も、国の基本方針に沿って2010年までに整備しなくてはならないと必ずしも考えていないふしがある。基本構想や計画を作ったことで役割が果たせたと考えてはいないだろうか。
3)個々の施設を整備しても利用者の満足度が高まらない
  各々の施設整備がなされても、経路トータルとして移動円滑化が図られないと利用者にとって効果は低くなる。まちのバリアフリーは、集中的かつ総合的な投資から効果を実感できるが、散発的に整備され、その効果が発揮されていないケースも見られた。
4)施設間の境界部分の問題がクローズアップされた
  交通バリアフリー整備についての基準やガイドラインは、ある程度整備されてきた。そのために個々の施設の構造については、研究や実証実験も進み、一般解としてのバリアフリー化の方策が見えてきている。しかし、旅客施設と建物、道路、沿道施設などの施設間の接続部分に課題が見られる。施工時期の不一致、事業主体間の連携不足、事業への温度差など、連続性の欠如が移動円滑化を阻むケースも見られた。
  このような問題点は、実際に行ってみてはじめて顕在化したものである。このように課題が見えてきたことが交通バリアフリー法の成果だったともいえ、失敗に学ぶことも必要なのかもしれない。そのようななかで、様々な困難を乗り越えて、本書にまとめたようなグッドプラクティスが輩出してきたことがもっと大きな成果であろう。

2 バリアフリー新法への期待
  ご承知のとおり、バリアフリー新法はハートビル法と交通バリアフリー法の単なる組み合わせではない。バリアフリー新法では対象者の拡大、エリアの拡大、対象施設の拡大など様々な対象の拡大があった。つまり、だれでも、いつでも、どこでもバリアフリーを享受することができる社会を目指している。すなわち、よりユニバーサルデザインに近い考え方になっているといえる。新法においても、後述するとおり本書で着目した「連続性」「利用者の視点」「継続性」がまさに重要なテーマとなるであろう。
  バリアフリー新法は、より生活実感に近い空間のバリアフリー化を促進するものと期待できる。毎日の買い物、隣人との集まりなど、様々な生活の場面が見える整備がなされるであろう。「行かねばならないところに行く」から「行ってみたいところに行く」に変わり、多くの移動困難者の生活の質が向上することを願っている。
  その反面、より多くの人のニーズを聞くことにより、計画者が行うべきことは格段に増えるだろう。個々の事業にどこまで重点投資ができるかという課題もあるが、その分、多くの人の知恵と努力が組み合わさった新たなグッドプラクティスが現れてくることを、大いに期待している。

3 グッドプラクティスのキーワード
  本書は、主にこの流れのなかで整備された交通バリアフリーのグッドプラクティスを62例収録した事例集である。事例を集めてみると、グッドプラクティスにはいくつかの特徴があることが改めてわかった。2章の「鉄道駅の移動円滑化整備」から6章の「支えあう地域の取り組み」まで、各章の序文にその特徴を取りまとめてある。今一度、その特徴をみてみよう。そして、全体を俯瞰してグッドプラクティスにつながるキーワードを絞り込んでみよう。
  第一に「連続性」というキーワードが出てくる。移動可能性をシームレスに確保することが、やはり重要なテーマであった。そのためには、関係する事業者の連携、連続性を追い求める技術的工夫や新技術の導入などが重要な要素となっている。
  第二に「利用者の視点」があげられる。できることだけをやっていたのでは、使いやすい整備にはならない。そこに利用者がいることを想起しながら、その立場に立って、移動に対する欲求を貪欲に追求する姿勢が重要である。現行の基準や仕組みで本当に良いのかを問いかけ、納得がいくまでこだわることが、良い結果につながっている。
  第三に「継続性」が挙げられる。1番目の連続性が空間的継続であるのに対し、こちらは時間的継続である。作りっぱなしにしないこと、変化していくニーズを新しい視点から見続けることなど、努力の継続が良い結果につながっている。
  そして、これらのキーワードを支えているのが「参加」であり「ユニバーサルデザイン」ではないかと思う。交通バリアフリー整備に関わる多くの人々が、より良い整備についての共通の認識をもつことが最も重要であり、そのためには多様な人材の参加が不可欠であるといえよう。そして、その視点のなかに「どこでも」「だれでも」「自由に」「わかりやすく」というユニバーサルデザイン的やさしさを持つことが望まれているように感じる。

4 グッドプラクティスをどう活かすか
  さて、ここに収集したグッドプラクティスから上記のようにいくつかの知見を得ることができた。先人の知恵を学んで、交通バリアフリーに関係する皆さんがこれをどう活かすかが重要である。
  計画・設計に携わる技術者の皆さんには、基準やマニュアルにとらわれず、どのような形がその現場に即しているかを真剣に考えていただきたい。このグッドプラクティス集では、形をまねることを望んではおらず、その現場でどのような創意工夫があったかを読み取っていただきたい。そのためには、参加の場面に立会い、本当のニーズをつかむことが重要であり、技術的研鑽によりいくつもの解決策を自分の引き出しに持っていることが必要になる。
  行政担当者や事業者の皆さんには、これまでとは異なる高齢社会の社会資本を、今、創ることが重要であり、また、誰もが外出しやすいまち、活気ある地域であり続けることが住民にとっても地域経済にとっても幸せなことと考え、事業を着実に進めていただきたい。さらに、事業者相互の連携により、効果的かつ効率的な整備がなされることは重要なポイントであり、多様な主体の参加により、より良いまちとしていくための調整力が行政担当者に最も期待されている。
  高齢者、障がい者、ボランティアや一般市民の皆さんには、継続的にまちに関わるための体制を維持していただきたい。そこで生活するなかでニーズは常に変化するであろうし、整備されたものの経年劣化も起きるであろう。基本構想づくりや事業計画策定の場面に参加いただいているのは、一過性のことではない。参加の中で学ばれた思想や知識をもとに、利用者として評価の目を持ち、必要な改善への当事者として関与し続けていただきたい。バリアフリー新法には、「住民提案」の制度が盛り込まれた。その担い手は、やはり地域で生活する皆さんである。

5 次の5年間に向けて
  交通バリアフリー法の施行から7年だが、整備された社会資本がわれわれの目前に現れだしたのは、計画ができ、工事が完了した、つい最近のことである。これからは、焦点の2010年を迎え、バリアフリー新法対応を含めて、より多くの交通バリアフリー整備事例ができてくるに違いない。そう考えると、次の5年が非常に重要な時期を迎えることになる。
  著者らは、次の5年間での整備に、引き続き注視していこうと考えている。そして、できれば本書の第2弾を取りまとめて皆さんにご紹介したい。時代の変化とともに新たな視点のグッドプラクティスが誕生しているに違いない。
  2008年版─あえて2008年版といわせていただく─の本書では、多くの視点は施設に着目したものであるが、次回は、まちや生活の観点からのグッドプラクティスをご紹介するというのはいかがであろうか。われわれが考える、福祉の交通まちづくり全体のアプローチを実現させ、交通バリアを意識しないですむ生活空間や多くの人が外出して活気づいたまちなどの紹介ができれば、望外の喜びである。

2008年2月
編者を代表して  新田保次