創造都市への展望


はしがき

 時代に先駆ける進歩的な思想が生まれる都市、従来の既成概念を打ち破る革新的な技術が開発される都市、アヴァンギャルドな芸術家が集い、競い合って革命的な作品を産み出す都市―「創造都市」とはこのような新しい都市のモデルをさす概念であり、グローバル化と知識情報化の大波の中で容赦ない都市間競争にさらされ、出口の見えない「都市危機」に喘ぐ多くの都市にとって、「未来への展望」をさし示す政策目標でもある。欧米ではボローニャ、バルセロナ、モントリオールなどが代表的な創造都市として評価されており、日本では金沢市や横浜市が注目されている。

  本書は現代都市のあり方を探ろうとする研究者や学生、都市危機からの脱却に腐心する政策担当者、さらには、日常的なまちづくりの現場で苦悩する広範な市民の皆さんに「創造都市」の理論的魅力と政策的可能性をダイナミックに生きいきと伝えたいという思いから、創造都市の理論的課題と政策的実践の2部構成を取り、日本における都市研究の最先端に位置する研究者と都市政策の現場で活躍する政策担当者との共同作業によって生み出された協奏曲である。
  本書前半の「第T部 創造都市をめぐる理論とガバナンス」においては、21世紀初頭の代表的な都市論群をなす世界都市論、コンパクトシティ論との交錯と比較の中で、創造都市論の位相を際立たせ、日本における展開を辿り、その実現に際して、とりわけ重要な戦略的課題となる都市文化政策と産業政策との融合や、新しい公共を担う財政的な見通し、さらには外国人との多文化共生のあり方、そして、創造的都市政策のための指標を取り上げて理論的に検討を加えている。

  後半の「第U部 政策実践の現場から」においては、北の大地に根ざした芸術文化の薫りある独自の創造都市(アイデアシティ)を目指す札幌市、宮沢賢治の農民芸術論を現代に生かす「暮らし文化のまち」づくりをすすめる盛岡市、「杜の都」から音楽・演劇・芸術の多様な文化都市への進化を遂げる仙台市、BankART 1929など都心に創造界隈を作り出し、創造都市のリーダーとなりつつある横浜市、重工業都市から「ものづくりと文化創造」の都市への転換を図る北九州市、そして、アジアに向かって創造都市の挑戦を続ける福岡市の実際の姿をそれぞれの最前線で奮闘する自治体職員並びに経験者の手によって描き出していただいた。

  本書を生み出す共同作業はあるときは理論と政策の狭間で厳しい議論を呼び、また、あるときは豊穣な余韻を含んで展開されたが、こうした刺激的で創造的な営為の場を提供いただいたのは、総合研究開発機構(NIRA)が組織された「文化都市政策で創る都市の未来」研究会であった。比較的に短期間で本書を上梓することが出来たのは、刊行を温かく見守ってくださった担当の中牧弘允理事(国立民族学博物館教授)、飯笹佐代子主任研究員、さらには山本匡客員研究員(当時)の深甚なるご理解とご支援によるものであり、ここに深く感謝の念を表したい。また、出版事情の厳しい中で、快く刊行を引き受けていただいた学芸出版社の前田裕資氏、並びに迅速な作業を進めていただいた知念靖広氏に厚くお礼を申し上げる。
2007年 春

佐々木雅幸