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風水都市


歴史都市の空間構成



序 文



 かつて人びとが集落、そして都市を営むにあたって、どのようにして土地を選択し、その居住地を形どったかは、つきることのない興味の対象である。今でこそ、開発のできる土地そのものが希少化しているが、人口がまだ少なかった時代には、土地は量的にはあり余っていたに違いない。例えば、日本の八世紀の人口は七百万人程度であったと推定されている。これが正しいかどうかはここでは問わないでおくが、大阪府下の現在の人口が八百万人だから、それより少ない人口が日本全土に散らばった状態ということになる。それ以前はもっと人口が少なかった可能性があるのだから、人口の低密さが想像できよう。そうした状態でなぜ人間はその土地を選んだのか、である。古代の中国大陸では、土地の広さに対して人口密度はもっと希薄であった可能性がある。
 日本の地名の中には、人間の居住という観点から、土地の性質を表わす地名が多数存在している。人びとは自らさまざまな土地に居住し、その経験の中から土地を診断する知識を身につけ、それが地名として一般化してきたものと思われる。そうした知恵は、どの地域にも生まれたに違いない。問題は、そうした経験がどのようにして知恵として結実し、どのようにして後世に伝えられたか、にある。
 居住に適した特定の場所を見つける知恵が身についたにしても、居住地をどのようにして形づくったかは、もう一つの謎である。バリ島では、山と海を結んだ方向を軸として集落を形づくる。あるいは、古代ローマのウィトルウィウスは、風向きを考慮して都市の街路軸を設定すべきであると考えた。そして、古代ローマの植民都市は格子状のパターンをもって規格化し、それが後に南米のスペイン植民都市のモデルともなった。こうした山と海を結ぶ方向軸も、格子状のパターンも、居住地を形づくる規範として作用してきたのである。
 居住地を選び、そこをいかに形づくるべきなのか。そうした時、夜空には動かない一つの星がある。そしてその周りには、回転はするがその形をくずさない四つ星座がある。玄武、朱雀、白虎、青龍である。この動かない星と四つの星座を、この大地の上に写し取り、そこを居住地とすれば、安定した居住地が営めるに違いない。そうして、動かない星を中心とし、四つの山を四つの星座に見立てて居住地を計画した。風水論の基本である。
 このような風水論は、土地の性質を読み解き、居住地を形づくる規範として生まれ、今日まで引き継がれてきている。本来は知恵の体系であったものが、長い歴史の中で、慣習的ないし宗教的な色合いも帯びるようになった。というよりも、そうした性質があるからこそ、歴史的な持続性をもつことができたともいえる。
 風水論に関する研究はこれまでにも多く、近年、とりわけ、その技法の手引書の類いが数多く出版されている。しかし、風水論は慣習であり宗教的なものだ、という認識が一般的で、まっとうな研究対象として認識されてこなかったきらいがある。とりわけ、都市計画の分野では、本格的に取り組んだ研究はまだないといっても過言ではない。
 本書の著者である黄永融君は、風水論によって形づくられた都市を読み解くことに大きな関心をもち、その実証的な研究に取り組んだのである。彼は、風水論に関する文献的知識を幅広くもっていると同時に、いわゆる風水術のトレーニングを受けた人物であり、彼でなくては、この研究が行えなかったと確信している。
 共に台湾南部の恒春を訪れ、文献に記載されている風水の構造を現地で確認した時、新しい発見の喜びを感じることができた。風水は生きていたのである。本書を読むことによって、風水論の真の意味を理解していただけると思う。
 本書では、まず、中国において発生、展開し、日本をはじめアジアの各地に伝播し、その地域の都市形成に大きな影響を与えたと考えられている風水論について、その概念形成および成熱過程に関する考察が述べられている。続いて、東アジアにおける宮都などの主要な歴史都市がいかなる理念に基づいて計画されたかについての実証的な考察が展開されている。さらに、自然地形の診断や周辺環境との関係を如何に取り結ぶかにその基礎をおく風水的計画手法の観点から、今日的な計画手法を再評価することによって、自然との密接な連携を獲得する新たな環境計画手法が展開しうることが述べられている。
 都市や地域の計画にあって、自然環境と共生する計画手法の確立が求められている今日、本書からさまざまな示唆が得られるものと考える。その一方で、歴史都市の環境保全において、かつて風水論という計画規範によって実現した周辺地形との関係をいかにすべきか、という課題も問い掛けられている。
大阪大学教授 鳴海邦碩  



もくじ
あとがき
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