イギリスに学ぶ成熟社会のまちづくり


書  評


『造景』 1999/10号

 近年、イギリスの都市計画制度への研究が盛んに行われている。サッチャー政権の下で、都市改造が行われ、一定の成果を上げたことが、英国熱を高めている原因である。「イギリスに学ぼう」という機運が政策担当者たちにあるらしい。先頃立法化されたPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)も英国に学んだものである。
 本書は主にUDP(ユニタリー・デベロップメント・プラン)と呼ばれる大都市圏基礎自治体のまちづくりを実例に則して紹介したものである。ユニタリーと呼ぶのは、ローカルプランとストラクチャープランを統合したことから来ている。
 特に注目されるのは、インスペクターという検査官制度だろう。業者と住民の間に立って、第3者の立場で都市開発の是非を判定するものだが、公正無私な審問が信条と聞く。威信はその行為によって裏付けされるといえるが、その辺りもぜひ「学んで」欲しい。


『地域開発』99.4号

   (先生)東京大学先端科学技術研究センター教授   大西 隆
   (学生)東京大学大学院都市工学専攻   吉田 有子

■体験的研究書

先生 『成熟社会のまちづくり』というこの本は、副題に“イギリスに学ぶ”とあるように、成熟社会=イギリスの都市計画を紹介したものである。同時に同じく成熟社会を迎えている日本のまちづくりにとっての様々な教訓を得ようというねらいを持っている。とくに、後者の意味では、土地市場やひいてはまちづくりに少なからぬ混乱をもたらした、バブル経済とその崩壊過程がようやく一段落して、新たなまちづくりの動きが出始めた今の時期に、この本が出版されたことは、とてもタイムリーな感じがする。読んでみてどんな感想を持ちましたか。
学生 これまで、イギリスの都市計画については、教科書で読んだ程度の知識でした。近代都市計画制度発祥の地であり、都市計画先進国であることは知っていたが、具体的に今どんな動きがあるのか余り知りませんでした。この本では、イギリス都市計画の歴史と現状が整理されていて、よく分かりました。ただ、制度の改正や、運用実態などの記述は相当細かな点に及んでいて、正直なところ詳し過ぎる、という感じもしました。
先生 実は、そこがこの本の特徴なんだ。著書の高見沢さんは、1993年に1年ほどイギリスに滞在し、つぶさに彼の国のまちづくりに触れ、その後も引き続きイギリスのことを調べ、この本をまとめた。だから、掲載されている写真も自分で撮ったものだし、定点に何度も訪れ町並みの変化を観察したりしている。計画許可への不服審査の裁定に当たる委員会も何度も傍聴している。こうした体験と、政府の報告書や研究書の分析を組み合わせて書いたのが本書だ。体験に基づいた記述を織りまぜて、これでもかというように、実態に迫っていくタッチが、イギリスのまちづくりの実像を次第に浮かび上がらせていくようで、とても興奮した。堅いはずの研究書を、こんなに一気に読んだのはかつてないことで、その筆力に敬服した。
学生 確かに、内容は難しいところもあったけれど、流れが整理されていて、とても読みやすい本でした。
先生 余談だが、高見沢さんは、イギリスではロンドン大学のヘバート先生(現マンチェスター大学)の世話になったと書いてある。この先生は、先年NHKでイギリスの首都機能移転を紹介する番組を作った際、イギリスのコメンテーターとして登場してもらった。私は面識はなかったが、同じ番組に登場した縁で、その後メイルのやりとりをした。高見沢さんとも縁があるとは知らなかった。世界は狭い。
学生 先生、話を本題に戻しましょう。折角の機会だから、本の内容を紹介したいのですが。

■イギリス都市計画の歴史と現実

先生 そうしよう。本書は5章からできていて、1・2章がイギリス都市計画制度の形成史、3・4章が現代のイギリス都市計画の運用、そして5章がまとめというわけだ。
学生 学生としては、1・2章は、戦後のイギリス都市計画制度の発展史を学ぶという点で参考になりました。戦後すぐ制定された47年法(都市・田園計画法)の大きな特徴は、民間開発を計画許可制としたこと。これにより、計画の誘導が可能となり、自治体の側に大きな裁量権が確保された。戦後の開発ブーム中で、この制度は定着し、都市計画の黄金時代が到来した。しかし、70年代からの不況、インナーシティ問題、計画許可の恣意的運用への批判によって、47法下の都市計画制度に疑問が持たれるようになりました。
 79年に誕生したサッチャー政権は、都市計画を経済活性化の足枷ととらえ、簡素化しようとした。このような状況は80年代末まで続いた。その後の90年代のイギリス都市計画と社会の関係が、ガバナンス、調停&協働・アカウンタビリティ・専門家同士のコミュニケーションなどのキーワードを用いて語られています。
 次に、システムとしてのイギリス都市計画について述べています。制定から50年が経過した47年法の根幹は変わっていない。イギリスの法律は、まず枠組みを与え、その後、時代に合わせて具体的な内容を付加し、不必要な部分は取り除いていく。そして、91年法は“これまでで最も明快なシステム”として高く評価されているという。これが第1章の内容です。
先生 著者は、都市計画制度のように人々の生活や、経済活動に関連の深い社会制度を見る場合、“社会の中の都市計画”と“システムとしての都市計画”という、2つの視点が重要であると説いている。戦後の激動期や、イギリス病と戦ったサッチャー政権など、それぞれの時代に都市計画に何が求められ、どう答えようとしたか、というのが前者であり、都市計画制度それ自体の整合性や、合理性をどのように高めていったかというのが後者である。とても切れ味のいい整理だと思う。それでは2章は?
学生 ここではイギリスの都市計画システムを大きく改革した91年法改正について述べています。改正の背景は、システム面では、計画策定の遅延や、不明瞭な開発コントロールに対する批判、社会的には、80年代の、経済最優先、不動産主導の開発への反省や環境志向の高まりであった。91年法の大きな特色として、マスタープラン主導システムの導入、環境への配慮の強化、計画手続の簡素化などが挙げられています。しかし、91年法が施行されても計画策定の遅延は相変わらず解決されていない。人員が不足していることが最大の原因のようです。これを除けば全体的に高い評価を得ています。
先生 91年法では市町村がローカルプランの作成をすることが義務づけられた。ちょうど1年後には日本でも都市計画法の改正で、市町村がマスタープランをつくることが義務づけられた。両国で、都市計画における市町村の役割が制度上非常に重要になったわけで、イギリスの動向に着目することは、日本にとっても、仲間の苦労を参考にするというような意味がある。

■積み重ねられた手続き

学生 第3章では、都市計画マスタープラン策定プロセスへの市民参加について述べています。91年法においては、公開審問における異議提出などによって参加の機会がさらに大きくなった。本書では、計画案縦覧までと計画案縦覧後のプロセスを、それぞれロンドンのニューアム区とブレント区を例として説明している。計画案縦覧後の、異議を処理するための公開審問の場での異議申立者と計画当局、それぞれの側の弁護士を交えてのやり取りが具体的に記述されています。ここらが、先ほど先生が、実像で浮かんでくるようで興奮すると、ややこわい表現をしたところですね。
 つぎに、日本とイギリスのマスタープランの比較がなされている。イギリスのマスタープラン策定プロセスの特徴としては、計画内容は政策が中心であること、政策・政策の理由づけ・ガイドラインの明確な区分があること、提出された全ての異議に対応すること、公開審問を通して、異議申立者・インスペクター・計画当局の討議という共同作業によって決定されることなどがあげられます。
 これに対して、日本のマスタープランは、地図表現に重きを置き、政策や計画に関する記述内容は一般に曖昧である。よって、個々人の利害にあまり絡まず、実際の「区域区分」や「地域地区」の時点ですべてが決まってしまい、「計画」の役割が弱い。一度規制が発生すると具体的な開発段階では裁量の余地がほどんどない。「計画」と「具体の権利権限」の関連が薄い現状では、「計画」策定段階での市民の関心は高まらず、もしあったとしても総論レベル以上の議論に踏み込めないという問題点がある。
先生 そう、確かに日本の都市計画は、規制がすべてというようなところがある。土地利用規制の代表である用途地域制は、しばしば、現状固定的なので、都市計画そのものが、未来への計画というより、現状を未来に延ばしただけという嫌いがある。未来を縛ってしまうのではなく、その時点で、まちの最適なあり方を考えられるまちづくり制度をいかに作るのかというのは、日本の制度の課題であり、イギリスから学ぶべき点も多い。
学生 第4章では、開発申請が出される度にその善し悪しを判断する開発コントロールの運用の実態について述べられている。実際の判断事例として、ニューアム区における計画許可判断のケーススタディが挙げられている。これらの事例を見る限り、開発申請に対する判断はディベロップメント・プランなどの根拠(土地利用の範囲として定められた枠)に基づいてなされている。サッチャー政権以後、この枠の説明をきちんとしなければならなくなり、さらに91年法によって枠は、マスタープランとして事前に公定することが義務づけられて、枠の内容が誰の目にも明らかになってきた。このように土地利用の「目安」がはっきりしてくれば、開発者はその範囲で申請を出し、許可される確率が高くなります。
 この動きは、それまで開発に対する地元自治体の姿勢があまりにも厳しかったため、経済活性化の観点から開発に関する足枷を取り除いていくプロセスであったといえる。過去の、裁量の幅の大きい開発コントロールは、開発者にとっては何が許可条件か分からないという不確定性が高い。それを取り除くためには、個々の開発にとって事前確定的で明確な政策や基準が必要である。よって、政策や基準を事前に整える作業がマスタープラン策定プロセスであるといえます。
先生 この章は、区の環境・計画委員会傍聴記ともいうべき章である。案件ごとに図面と写真が添えられ、かつ、委員会での採決後1年間で地区がどう変わったかの事後調査も行われている。本書がいかに用意周到に、丁寧に作成されたかを如実に示した章だ。

■成熟社会のまちづくり

学生 第5章では、「成熟社会のまちづくりを読み解く3つの手がかり」と題して、「制度」、「専門家」、「市民」の3つの観点からまとめています。
 制度のうち、「情報公開」というと日本では、情報への「アクセス権」のイメージがある。これに対してイギリスでは、情報を「周知」する義務が徹底している。
 専門家としては、とくにインスペクター制度に注目している。インスペクターは、政策部門からの分離独立、効率性・透明性の確保という意味から、92年より外庁の執行機関となった。対等でオープンな議論を通して相互の認識の差を明確にしつつ、計画内容をより公正で質の高いものにしていく媒介者としての役割を果たしています。
 市民に関しては、イギリス社会を、「個人に立脚した自己組織化社会」ととらえ、都市計画分野での市民活動支援ネットワークの代表例「プランニング・エイド」、過誤行政を監視し、是正する仕組みとしての「オンブズマン」を取り上げ、具体の活動実績を紹介しています。
先生 成熟社会の都市計画は、種々の主体が、調整を巡って渡り合う熱い議論の世界でもあるというわけだ。日本でも、市町村マスタープランが、規制内容などを調整するといった内容を持つようになれば、バックグラウンドとなる計画、調整の手続き、専門家の協力や情報公開などの面で、一層の制度拡充が必要になる。イギリスのやり方も参考となるはずだ。
学生 この本と合わせて読むような参考書はありますか。
先生 イギリスの都市計画に興味が湧いてきたようだね。本書は参考文献の紹介も充実していて、専門的に勉強しようとする人にとってはとてもいい道しるべを提供している。そこでも紹介しているが、和書では、「英国都市計画とマスタープラン」(中井、村木、1998、学芸出版)、洋書では“Urban Planning and the British New Right”(Allmendinger,P.and Thomas,H.,London,Rouledge)などが面白そうだ。


『都市問題』6月号

 日本においては、1992年の都市計画法改正によって、市町村が都市計画マスタープランを策定することが義務づけられるようになったが、実は英国においても、1991年に、同様の計画の策定を市町村に義務づける法律が成立している。本書は、このような日本と英国の同時代性に注目して、英国の「都市計画の現場をリアルに描写」したものである。それによって、その都市計画システムの特徴と課題および今後の日本に示唆する点を明らかにしようとしている。
 本書は、全五章で構成されている。第一章および第二章では、現行の英国の都市計画システムが形成された経緯が示される。すなわち、ここでは英国の都市計画固有のシステムが作られた歴史と、70年代後半から80年代にかけて都市計画が「危機」に陥った理由および90年代以降の「再生」に向けた取り組みなどが明らかにされる。第三章および第四章は、現行イギリス都市計画システムの運用を主題としており、都市計画マスタープランの策定過程や地方議会の裁量による計画許可の実際などが示される。第五章では、「成熟社会のまちづくり」の視点からイギリス都市計画システムを読み解く作業が行われる。これは同時に、英国都市計画システムの特長と、それが日本に示唆する点をまとめる作業でもある。
 本書によれば、イギリスの都市計画に日本が学ぶべき点は、次の四点である。一点目は、1947年以来続けられてきた都市計画制度への工夫である。つまり、行政手続の透明化、行政情報の公開、市民参加の規定など、市民へ開かれた制度の整備が、英国では50年もの歳月をかけて進められてきたことである。二点目は、都市計画の分野にさまざまな専門家が果たす役割が大きいことである。別の言葉で言い換えれば、英国都市計画に関わるさまざまな専門性―プランナー、インスペクターなどの専門職、計画・環境法曹界、議員集団などのもつ専門知識・ノウハウ―が、種々の法制度が確立されていく中で生まれてきた点である。三点目は、市民基盤が確立されていることである。つまり、同じ価値や目標をもつ者同士が連携・連帯して組織を形成して市民間のネットワークを形成しており、これが都市計画に大きな役割を果たすようになっている点である。四点目は、長い時間をかけて根気よく、ねばり強く問題を解決していくやり方である。つまり、この歴史を大切にしながら、一つひとつのことを丁寧に扱っていく手法こそが、本書のテーマでもある「成熟社会」にふさわしい都市計画なのである。
 もちろん、英国の都市計画制度にも、コストや時間を無駄にしている、環境を保全するだけの現状追認的姿勢が見られるなど、欠点・課題も多い。本書は、それらの課題についても深く配慮して、英国の都市計画研究に幅広い視点を提供している。
 本書は、英国の都市計画制度の詳細を紹介するよりも、その運用の現場を「リアル」に描写することを主眼に置いている。ということは、同時代性をもつ日本で都市計画の現場に携わる者にとっても、これは非常に「リアル」な読み物となるのではないだろうか。

高見沢実/学芸出版社
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