構造設計を仕事にする
思考と技術・独立と働き方

まえがき

 この本を出すきっかけは2015年のセミナー「アトリエ構造設計事務所*(1)の仕事」に遡ります。このセミナーは今回の編集メンバーである、世代の近い構造設計者8人が、建築を学ぶ学生や若い実務者の方々に、一般的にあまり知られていないアトリエ構造設計事務所の実務とその実際を知ってもらい、この世界に興味を持ってくれる人が一人でも増えれば、という思いから企画したものでした。

 構造設計は主に建築家と協働する専門職間の仕事であるため、その具体的な仕事の内容が一般に分かりにくく、あってもその接点は建築作品に限られます。そこで、セミナーでは構造設計の「仕事」そのものを知ってもらおうと思いました。東京で開催したこのセミナーは、当初の予想を大幅に上回る200人以上の学生や若い社会人の方々に足を運んでもらうことができました。多くの方に構造設計の仕事を紹介できたことも収穫でしたが、我々自身にとっても仕事を捉え直す機会になりました。このセミナーは4年目となった今も、毎年回を重ねて開催を続けています。

 そして、編集メンバー同士でこのセミナー開催のためにお互いの事務所を行き来し、事務所や仕事の様子を垣間見ながら打ち合わせをして、お酒を酌み交わしながら自分たちの今まで・今・これからのことを語り合ううちに、ひょっとしたらそこで話している構造設計の仕事にまつわる四方山(よもやま)をかたちにして知ってもらうほうが、より構造設計の魅力を知ってもらえるのではないかと考えるようになりました。そんなとき、この本の出版の企画をいただいたのです。

 本書は東京近辺で活動する編集メンバーを含め女性や、地方・海外を拠点としているなど多彩な16人のアトリエ構造設計者と、構造設計に関わる6人の識者に筆をとっていただき、構造設計という仕事の四方山を書き下ろしたものです。修行時代、独立のタイミング、事務所の立ち上げ、その後の運営、日々の設計、どのような思いで構造設計に取り組んでいるか。私たち構造設計者の日常は、建物の構造(フレーム)を建築家とともに構想し、手でスケッチや計算をしながら考え、建設現場に足を運んで設計が形になるのを確認します。そして、現場で協働する多くのプロフェッショナルからヒントをもらって次に作るものに思いを巡らせます。

 陶芸家の河井寛次郎の言葉に次のようなものがあります。

  手考足思*(2)

 手で考え、足で思う、構造設計者の日常がそこにあります。そして、その日常は仕事としての構造設計を行いながら、個人としての暮らしや生き方に連続していきます。建築という広大な文明・文化のフィールドで、数千年に渡って築き上げられた工学という巨人の知恵を拝借して仕事をした先に、自分は何ものになれるのか。

  新しい自分が見たいのだ ─ 仕事する*(3)      ─河井寛次郎─

 構造設計者の仕事をのぞいてみませんか。

2019年8月
木下洋介



*(1)構造設計を専業とした事務所のなかでも、特に一人(もしくは一人に近い人数)の構造設計者を中心として建築作品のための固有の構造を設計することを主たる業務とする事務所
*(2)河井寛次郎『六十年前の今』日本民芸館、1968
*(3)河井寛次郎『いのちの窓』 東方出版、2007