図説 建築構造力学


まえがき


 これまで、専門学校生、大学生、社会人の方々、様々な目標を持たれた方々を前に構造力学を講義してまいりました。そのなかで感じることは、教室ごとそれぞれに、目標、基礎学力、講義時間、講義回数といった状況が異なり、それに合わせて構造力学のストーリーも工夫していかなくてはならないということです。そのストーリーに合わせて、テキストにも工夫が必要になります。私が教壇に立つようになった当初の担当教室は、数学、物理学をあまり得意としない学生たちが中心でした。市販テキストは高度な内容のものが多く、彼らには適さないと思い、彼らのためのテキストを作成するところから始めました。それが2004年に出版された姉妹書「図説やさしい構造力学」です。ベクトル、三角関数、微積分などを用いずに矢印、三角比と言葉を選び、力の釣り合いだけではイメージしにくいせん断力や曲げモーメントには、矢印図法やスパナ化法で力を理解してもらうこと、力学は大して難しくないと思ってもらうことに力点をおきました。

 教える側が、「力」を如何に伝えるかによって、構造力学は難しくも易しくもなり、気分爽快になったり、苦行になったりもします。力は身近な存在であり、決して手の届かない存在ではありません。身近な現象を理解できれば、必ずや構造力学の本道も理解してもらえると私は信じています。ただし、構造を軸に建築を学ぼうとする方々には、ひたすら計算式に向かうということも極めて重要です。その観点から2011年に制作したものが「図解レクチャー構造力学」でした。
 ここでは、力の釣り合い、力の重ね合わせといった基本的な原理だけを使って、数学的に構造物を構築していく過程を詳細に示しました。フックの法則などごく基本的な物理法則と基礎的な微積分の知識さえあれば、構造力学の世界が開けていくことを知ってほしいという願いを込めました。

 本書「図説建築構造力学」は、先の2作の中間的な内容として作成いたしました。意匠系、住居系の学生も対象としながら、静定から不静定までを網羅し、1級建築士受験にも対応できる内容にしています。

本書の特徴

・内容は静定構造を中心に、不静定構造・塑性解析まで
 本書は前半に力の基礎、静定構造を収め、後半に不静定構造の内容を収めました。1冊で力の基礎からラーメン架構、さらに塑性解析までを学習することができます。

・四則計算のみで解説
 本編は四則計算のみで解説をしています。文系、デザイン系の方にも学習していただけるよう配慮いたしました。

・イラストによって、力を身近に感じてもらう
 特に前半の部分には、荷物を持ちあげる、棒を曲げるなどのイラストを掲載しております。矢印だけが並んだ一見意味の分かりづらい問題も、身近な問題に置き換えることができるのです。問題の意味を理解した上で解けることを重視しております。

・「参考メモ」を設置
 本編中に現れる重要な式は公式として紹介しておりますが、向学心旺盛な読者のために、公式がどのようにして導かれたのかを「参考メモ」として要所要所に散りばめております。

・実用的解法の積極的導入
 基本的な力の釣り合いをもとに、基礎的な計算法を学び習得することは非常に重要なことです。しかし、計算式だけを追いかけていると、力とはどのようなものなのかという根源的な部分の理解がおろそかになってしまいます。そこで、力や力の流れをイメージし、「なるほど!力ってそうなっているのか、そういうものなのか」と合点してもらうことが重要だと考えています。そこで、矢印図法、スパナ化法、トラス図解法、有効剛比などイメージとして力を捉えられる手法を積極的に導入しています。構造物を見ただけで、力の分布状況がすぐに頭に浮かぶようになってほしいという願いを込めています。
 本書がみなさんの目標達成の一助となりますことを心より願っております。

 末筆ながら、本書作成に多大なご尽力をいただきました学芸出版社知念靖廣様、岩切江津子様、市場調査をもとに本書内容にご意見をいただきました学芸出版社村井明夫様、いつも親しみのあるイラストで本書を飾っていただいております野村彰様、作成にあたってご意見をいただきました山本康彦様、この場をもって厚く御礼申し上げます。また、いつも私の講義を熱心に受講してくださる学生のみなさんには、この場をもって厚く御礼申し上げます。これからも、基礎構造力学のフィールドをともに歩き回りながら、新しい発見に胸躍らせていきたいものです。

平成26年8月3日
浅野清昭