ヴィヴィッド・テクノロジー


はじめに

 本書は「ヴィヴィッド・テクノロジー 行為の可能性/技術の機能 〜構造設計への関心を軸に、建築の変容とその可能性の中心を探る〜」というテーマで、2006年5月から2007年5月まで11回に渡って行われた「archiforum in Osaka 2006-2007」の講演記録を編集・再構成し、あらたに参加構造家による書き下ろしの往復書簡を加えたものである。archiforum―アーキフォーラム―は1997年より大阪にて継続している約1年ごとの講演会シリーズであり、コーディネータがその年のテーマと招聘する講演者のラインアップを決定する。10年目となる2006―2007シリーズのコーディネータを、私を含む3人(小野暁彦、門脇哲也、乾陽亮)が担当することになり、近年飛躍的に自由になってきているように見えた建築構造を巡る技術に焦点を絞り、1970年前後生まれの若手構造家を主軸として、さらには先鋭的な建築家にもお越しいただきお話を伺った。  タイトルの「ヴィヴィッド・テクノロジー」は「生き生きとした技術」と訳すことができると思うが、そこには、私たちの凝り固まった頭と身体を「こういうのもアリか!なるほど!」と解きほぐしてくれるような新鮮な構造や工法を表現したいという思いを込めた。ところで講演会場はまさにヴィヴィッドな現―場であった。講演者その人の「身体」から発せられる情報(声、仕草、姿勢、視線、間合い、速度、高さ、幅…)や、コーディネータや聴衆と対面する「場」の情報も含んでの伝達と、ここに収録された文字と画像だけの講演記録とは当然質的に異なるものであろう。しかし内容それ自体が各講演者のエネルギーに裏打ちされた長年にわたる創意工夫の結晶の断面であるから、そこにみなぎる力は充分に感じていただけると思う。それでも、講演時とのタイムラグを埋め、あらためて現在を写しとり、なおかつずっと継続する「生き生きとした感じ」を本書にさらに付与できたら、と思い、中心である7人の構造家の皆さんには「往復書簡」をしたためていただいた。手紙はとてもライヴ感のある記録再生装置である。私もドキドキしながら読ませてもらった。すでに冒頭に配された7通の「往信」が充分に本書の内容を概説し「はじめに」の役割を果たしているのだが、ここでは背景の説明に少し頁を割いている。
 本書の構成は講演順序とは異なり、シリーズ全体を概観した基調講演的な位置付けを果たしていただいた今村創平さんの〈テクノロジー史概観〉を間にはさみ、前半に構造家、後半に建築家を配している。構造設計を軸とするシリーズにおける建築家の人選の基準は、様々なフェーズでテクノロジーと格闘していることが鮮烈に印象に残っている方々ということであったように思う。木村博昭さんの回に協働者としてお話いただいた白髪誠一さんは2007年にJSCA賞新人賞を受賞した気鋭の構造家であるが、独立されてはおらず木村さんの〈鉄の教会〉の構造の解説に特化しての参加であったことから、ここでは木村さんとセットで第U部の「建築家の方法」に配置することとなった。
 若手の構造家の講演記録がこのように一同に集まった書籍はあまりないのではないかと思う。建築の初学者、あるいは構造がわからないまま設計演習に取り組んでいる学生たちの導入として、さらには実務に携わる建築家や構造家にとっての実践の書として手に取っていただければ幸いである。また、功利性の追求や形骸化した制度への安住とは全く異なった地平で、日々知性を総動員してテクノロジーを巡って思索し行動し構造や建築の無限の可能性を探っている人間がいるということを一般の人びとにもわかってもらうために、本書が工学書の域を超えさらに多くの読者の手に渡ることを願っている。そのようなヴィヴィッドさを獲得できていることを願いつつ。

2007年10月
小野暁彦

*「構造エンジニア」「構造業・雑用業」など呼称はそれぞれ多様なのだが、ここでは便宜的に「構造家」で統一する