建築学テキスト 建築概論
建築・環境のデザインを学ぶ


あとがき

 この書「建築概論」は,分野横断を目指して,執筆者陣が取り組んだものだ.
 時代の要請は,既に建築という小さな分野を乗り越えて広がっている.福祉,再生・利活用,屋上緑化,木質環境,まちなみ保存,環境心理,歴史,技術,省エネルギー,環境汚染,都市再開発,地球環境等々,あらゆる分野の課題を総合的に把握していかなくてはならない時代において,近年は環境を地球規模で見直そうとする人々の意識が,急速な高まりを見せている.それほど人口問題やエネルギー消費が切迫し,そこに発生する様々な齟齬が21世紀におけるメインテーマになっていることは疑いない.
 自然への向き合い方を試される時代を迎え,人々は汚染防止から,廃棄物処理問題へ,そして環境保全へと目を向け始めた.しかし近年の意識の高まりが,あまりにも急であることに気がついている人はどれぐらいいるだろうか.環境についての研究論文集が,測ったように厚くなり続けている.問題意識の高まりは歓迎すべき事柄だ.しかしこの現象の背後に,皆が一斉にひとつの方向へ向くことの危うさが潜んでいることを見逃してはならない.
 情報化時代を迎え,選択の幅は大きく広げられた.それにもかかわらず,人々は一斉に自然の大切さを唱え,一斉に未来に目を向ける.社会の反応は,まるで一つの情報をもとに動いているかのように見える.自然の大切さに目を向けることに否定すべきことはひとつもない.しかし危惧すべきは,それぞれが多様な情報を持ちながら,ある磁場をかけられることによって,一瞬のうちに同じ方向を向いてしまうところにある.
 それは多様に見える価値観が,実は不定形な,分離あるいは浮遊した細胞のようになりつつあることを物語っている.
 人間のキャパシティを越えた情報量を前にして,人は知らず知らずのうちに,判断を他人に任せざるを得ない状況に追い込まれているではないか.
 何が大切かを見きわめようとしても,より重要な情報があるかもしれない.その不安を解消するために新たなる情報に向かう.こうしてどんな問題を目前にしたときも,検索に力を注ぐあまり,思考停止の状態を引き起こしやすくしてしまっている.
 ひいては自分で決断しているつもりが,実は判断を外部に委ねることによって,本来備わっているはずの自ら発想する力を,空洞化させてしまっている可能性が高いのだ.それは薄皮を重ねるように,構想力の貧困を肥大化させていく.
 このような状況において自分の考えを掘り下げることは,今や存在の条件であり,抵抗の手段なのだ.
 創造性は天才にだけ属しているものではない.
 空間を構想することは,ものごとを統合する想像力と,構築力の源を豊かにすることを意味している.しかし硬くなる必要は無い.まず手を動かしてみよう.頭が真っ白になって何も出てこないのは普通なのだ.どうしても困ったときはこの書を少し紐解いてみたらどうだろうか.ただし毒と薬は紙一重であることも忘れてはならない.

   2003年3月

執筆者を代表して 本多 友常 











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